▼031:泉+水谷

 お前が泣いたら、俺も泣いてやんよ。

 言えば、水谷は「んー」と考える素振りを見せた。それを見て、見続けてーー…でも。

 んじゃ、泉は泣けないまんまだね。

 へにゃりと笑って言う水谷。…知ってたよ、水谷。お前がそう言うことなんて。

(生まれる前から、俺はきっと知ってたんだ)

 そっとそっと瞼が落ちる。意識が闇に落ちていく。


▼032:阿部+水谷

「同情してよ」

 その言葉聞いて、視線をつと流す。机に浅く腰掛け、笑う水谷を見る。
 夜に呑まれた教室。光源は、窓の向こう、遠く見える電柱の白々しい光だけ。なのによく見えることだ。よく、見えてしまうものだ。

(…世界はなんて静かで、穏やかで、そして寂しいのだろう。)

 そんな美しい夜に、こんな言葉を聞きたくはなかった。静寂(しじま)に浸り、ただ、(あした)を待っていたかったのに。

(そんなの、こいつといることを決めた時点で、諦めなきゃいけなかったんだ)

 溜息を吐き出そうとした喉は凍えた。指先も動かない。逸らせない視線の先の水谷も、だから、俺も、何も。

(……それで、お前は…)

 お前が、泣き止むのなら、俺は。



▼033:水谷

 大丈夫。大丈夫。何も怖くない。何も、何も、失くさない。

(ただ黙殺するだけだ。最初から何もなかったと)

 卑怯者、臆病者!

 心の声こそ黙殺して、水谷は震える携帯から無理矢理視線を剥ぎ取った。

 着信アリ。相手は、阿部。


▼034:阿部+水谷

 水谷。
 …なに?
 あのさ。
 …うん。
 俺の所為にしていから、

(泣けよ。)

 ……あべってば、やさしーの。

(知ってたよ、知ってたの。狡くそれに甘えて、…ごめんね。)

 涙と罪悪感と笑みが、ぽろぽろと、ぽろぽろと。

 話せないのに、離したくない。(それは何にも、ならないのに。)


▼035:阿部+水谷

 お前、みんな好きだよな。

 春風と前髪が戯れる。それを見ながら零す阿部の、いつもと変わらないその横顔をちらりと見て、水谷は。

 …誰か特別を作るのは、もうちょっと後でいいかなって。

 微笑んで、言う。結局それを見ないまま、ふぅんと言う阿部は、そのいつかを待ってやれないかもしれないと、思った。

 阿水は両片想いを拗らせた恋愛がいい。




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