▼026:阿部+水谷

 あべは、なにも、いわないね。

 泣く合間、水谷が言う。俺は何も返せない。だって仕方ないじゃないか。好きとか嫌いとか愛してるとか憎いとか、言葉が俺を縛るんだ。

(お前に抱くものを一言で言うなら、欲求という赤裸々で綺麗じゃなくて下品で浪漫の欠片もないような、そんな言葉が似つかわしいなど、)

 どうやって言えばいい。

 心が言葉を作るのか。言葉が心を作るのか。(言わないんじゃなくて言えないんだと、そんな言い訳じみた言葉を言うことは躊躇われて、だから阿部は口を噤んでただしゃくり上げる水谷を見ていた。)


▼027:阿部+水谷

 目覚めたら、水谷が窓を開けて夜空を見上げていた。視線を辿ればでかい月。そういや満月だとか水谷がぽつりと言っていた。水谷は視線に気づかないまま空を、月を見続けている。

 …帰んなよ。

 零れた声は小さかったが闇に溶け消えるほどでもなく、数mもない距離にいる水谷にはばっちり聞こえたようで。

 月に還るのはかぐや姫だよ、あべ。

 ふわりと笑んで、そう返された。分かってんよ。分かってるんだ。それでも、なぁ。

(連れていかれる気がしたんだ。)

 お前が、月に。

 月光に毒される。


▼028:阿部+水谷

「…何があったんだよ」
「何もないよ」

 馬鹿言え。

「お前の"何もない"は、嘘だって決まってんだよ」

 知ってるよ。知ってんだよ。知らないなんて思うなよ。なぁ。

「あべ…」

 笑うなよ、水谷。諦め切った顔で笑うな。泣けない子どもみたいな面で笑ってんじゃねぇ。

「何も、ないよ」

 嘘にする気もねぇ嘘、言ってんなよ。

(なんでだ)

 なんで、お前はいつもそうなんだ。

(その嘘で、誰が救われるってんだ。)


▼029:泉+水谷

 俺、なんもできねぇんだな。
 ……。
 お前が悲しくてさ、苦しくても、傍にいてやることくらいしかできねぇ。
 …それでいいんだよ。傍にいてくれるだけでいい。それだけで俺がどれだけ救われてると思うの?
 ……。
 それだけでいいの。傍にいてよ、泉。
 ……お前が、そう言うなら。
 言うよ、言うから、ねぇ泉。

(傍にいて。)

 抱きしめて。

 背骨が悲鳴をあげるまで。


▼030:泉+水谷

 梅雨だから。梅雨だから、だよ。

 水谷は俯いてそう言って、頑迷に顔をあげない。
 梅雨だから。魔法の呪文みたいに繰り返す。
 …そうか。雨が降るのはその所為か。

(お前が泣くのも、その所為か。)

 諦めが空に逃げる。




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