▼006:阿部+水谷

 何も、いらないのに。

 言った水谷を阿部は心底呆れた目で見た。それはどこか侮蔑に近く、諦めにも似ていた。
 何言ってんだ。
 水谷からふいと目を逸らして阿部は思う。例えるなら、そう。
 欲しい欲しいと、空から降る雨粒全部受け取ろうとするように、両手を空に伸ばす子ども。
 お前はそれじゃないか、水谷。

 水谷が言うことも本当。阿部が思うことも本当。


▼007:水谷

「……マジ?」

 思わず零れた言葉に、水谷が笑う。優しく柔らかく、これ以上ないほど温かに。その顔で、言うのだ。

「嘘だとよかったね」

 でも、ねぇ、嘘じゃないんです、本当なんですマジなんです。 ごめんね、それでも。

「阿部が、好きです」

 真っ直ぐ真っ直ぐ、空を翔る飛行機雲のように。

 愛してください。私が要らなくなるその日まで。


▼008:阿部+水谷

「逃げたいなら逃げれば?」

 阿部は事もなげにそう言って、それに対する答えなど興味ないと言いたげな顔をする。いや、知っているからこそ、そんな顔をするのかも。

「…阿部は、狡いねぇ」

 だってだってその答えなど、もう阿部の中で決まっているじゃないか。

(逃がしてくれる気なんか、ない癖に)

 俺の気持ちなんて、考慮の外にある癖に。

 阿部は、何様俺様阿部様。


▼009:巣山+水谷

「巣山は男前だね」
「…水谷はふわふわ、か?」
「何それ。しかもなんで疑問形?」

 そう言って柔らかく笑う顔を、風に揺れる亜麻色の髪が時折斑に隠してしまう。
 勿体無い。
 横目で見て、思って。

(…俺は何を思っているんだと、)

 巣山は顔を突っ伏した。

 まだ、(そこ)には至らない。


▼010:泉+水谷

「泉」

 静かにしててねと、水谷は子どもにするようにしーっと口の前で人差し指を立てて、そんな水谷にきょとんとする俺に向けてほろりと笑い。

「俺、泉がね、」

 だーいすき。

 囁きにさえ届かない、空気を震わせただけの告白。
 雪が地面に落ちる音に掻き消されそうなそれに。

(俺はどう、応えよう。)





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