parallel world

[ 平行世界(霜花落処) ]



 休日、特に用事もないのに、誰と待ち合わせしている訳でもないのに、街中の雑踏の片隅に佇む。こうしてるくらいなら走り込みやストレッチ、筋トレでもした方がいいと思うのに、躰はそんな意識から離れようと、部屋から出てグラウンドに行かず、街中に足が向く。そして何をするでもなくただ突っ立っているだけ。時間の無駄だとちゃんと頭では分かってて、でも足はそこから離れない。
 どれくらい、そうしていただろう。太陽が少し動いたのにふと気がついて、しくりと胃が縮んだ気がした。しばらくして腹が減ったのかと思い至り、携帯を出して時間を確認しようとした。しかし何度ボタンを押してもうんともすんとも言わない。あぁそう言えば電源を切っていたっけ、と過去の自分の慣れた手付きで長押しした過去を振り返り、またそれをするのも面倒だと、結局携帯はそのままにしておくことにした。
 その時。

「あ、高瀬さんだ」

 聞き覚えのない声に顔を上げる。頭の端でもしかしたら自分ではないかもしれないと思った。高瀬なんて名前、別段珍しくもないだろうから、街中に一人二人いても可笑しくはない。とは思いつつ、何故かそれが真っ直ぐ自分に放られた声のような気がして、辺りを見渡した。
 ”彼”は、自分の右隣、数メートル先にいた。

「ども、こんにちは。西浦高校野球部、レフトの水谷です」

 球児らしく挨拶しながらもどこか球児らしさを感じられない水谷の姿を記憶の中に探しながら、にしうら、と口の中で呟いて、それが西浦だと漢字変換された瞬間、眉間に皺が寄っていた。それは見事に、くっきりと刻まれていただろうに、見上げる水谷は気づかない風で人懐っこい笑顔を向けて尚も喋りかけてくる。

「今日、うちの監督の都合で練習休みだったんですけど、桐青もだったんすね」
「…あぁ」
「誰かと待ち合わせですか? それとも時間潰し?」
「……前者」
「ゼンシャ? あぁ、待ち合わせってことですね、なるほど」

 大して面識もない人間相手に、よくここまで喋られるな。呆れながらも感心し、しかしこのまま喋っているのはどうにも耐えられそうにない。さてどうしたものか、と頭を悩ませていると。

「ウソ」

 水谷は不意に言い切って。

「なんで俺は大事なことほっぽって、こんな所にいるんだろって顔してる」

 それまでの人好きのする顔を捨てて、無表情になった。その顔は整っているだけに酷く冷たく見えて、意図せず息が喉奥で詰まる。水谷は、やはりこちらの事情なんか気にもせず。

「負け引きずって、自分の足りない所から目ぇ逸らしたって、立ち止まったって、後から来る奴が歩調合してくれる訳じゃないっすからね。敵も、味方だって」
「な…」
「クサってる場合じゃ、ないんじゃない?」

 言い捨てられて、言い当てられて、腹が立つよりも、何故か無性に哀しくなった。

「っ…お前、何なんだよ…!」

 激高する自分が憐れだと思った。睨みつけなければ、涙が溢れてしまいそうだった。心が抉られた気がして、そう思ってしまう自分に嫌気が差した。けれど。

「今年から野球を始めたチームメイトにレギュラーとられそうな、ただの高校球児ですよ」

 静かに言って、じゃあこれで、と最初のへらりとした笑顔を取り戻して踵を返し、少しの間で雑踏に呑まれた水谷に、いつしかそんな気持ちは萎む風船の空気のように底をついていた。





(…同じだ、と思った)

 高校とかレベルとか、ポジションとかそんなことじゃなく。

『今年から野球を始めたチームメイトにレギュラーとられそうな、ただの高校球児ですよ』

(今年からの新設の野球部に一回戦で敗退し、先に進む切符を奪われた俺)

 何が違う。何が違う。あぁ、そうだ。

(何も”違わない”)

 だから。

(同じだと、思ったんだ)

 あれは、あいつは、ーーー…”俺”なんだと。





戻る



 20130125
〈「だって頑張りましょーなんて俺に言われたら、高瀬さん、プライド傷つきそうなんだもん。俺、人を見る目、ありますから」「…言うじゃねーか」〉





PAGE TOP

inserted by FC2 system