Make it snappy!

[ さっさとやれ!(霜花落処) ]



 部活後のグランド整備の時、ふと気付くと水谷はいつも違う誰かの所にいた。遊んでる訳ではないのだが、いつも通り締りのない緩い笑顔を振り撒いてる様子に、どことなく苛立ちを覚えて舌打ちをする。それは真正面にいた三橋に当然聞こえて、ビビらせてしまった。悪い、と慌てて一言謝れば、三橋はキョドリながらも首をブンブン横に振って、俺は悪くないと伝えてくる。これでもマシになった方だよなぁ、としみじみ思っていると、三橋がどうしたのと聞いてくる。舌打ちの理由を聞かれているらしい。言葉少なな疑問を汲み取り、あぁとワンクッション置いて、水谷、と言った。それで伝わるとは思ってなかったが、三橋の反応は意外にも納得したもので、更に、水谷君、今日も見てるんだ、と呟いた。
 どういうことだ?
 声に出さず目を僅かに大きくする。人の表情に過ぎるほど敏い三橋はそれで俺の心を読んだようで、あの、ね、と、たどたどしく言った。水谷は、折りに触れて色んなポジションからグラウンドを見るのだと。

 マウンドからも、水谷君、見るんだよ。

 ピッチャーにとって聖域にも等しいそこに立ち入られていると言うのに、三橋はどこか嬉しそうだ。

 いいのか?

 問えば、三橋はこくりと一つ頷いた。俺、知ってるんだ、と言う。

 水谷君はね、色んなポジションの責任と、寂しさを知ろうしてるんだよ。
 責任と、寂しさ…?
 うん。あの、ね、俺達は、みんな一つになって頑張ってるけど、でも、広いグラウンドに散らばってしまったら、近くに誰も、いないでしょ? 俺もそう。阿部君も、そう。ちょっと、一人ぼっち。そうすると、なんだか責任が増したような気がする。全部、自分が背負っちゃってる気に、なっちゃう。距離感の問題だけど、って、水谷君は、言ってたけど。

 でも、分かる気がするんだと、三橋は言って、マウンドを見た。こわごわと、自分が常にいる位置を。その視線を追って、次に俺は自分がミットを構えるホームを見た。その距離は、18.44m。伸びることも、まして縮まることもない、絶対の距離。コミュニケーション手段は主に目線と表情、そして指先と頷きだけだ。
 それは常に俺の前にあったものだ。三橋にしても、そうだろう。寂しいと感じたことはないように思う。もしあるとすれば、責任感の方に呑まれているのかもしれない。
 それに他のポジションの選手はと言うと、その距離感は絶対ではないし、その責任を滅多なことでは知ることもない。知ろうと思うことも、普通ならきっとない。

(…あぁ、ならば)

 水谷の、していることは。

 水谷君は、凄い、ね。

 三橋はとても大切なことを言うように、ゆっくりとそう言って、また水谷を見た。その視線の先にいるのは、相変わらずいつもの緩い水谷で、その言葉とはとても同一の存在には見えなかったけれど。

(知ってしまった。気づいてしまった)

 時折、あいつが笑顔を潜ませて、周りを観察するように見遣る横顔の、その静けさに。
 気づいてしまえば、それはなんだか見てはならないもののような気がして、三橋のように視線を注ぐことができずふいと逸らしてしまった。居心地の悪さからか、変に胸が高鳴って戸惑う。
 けれど視線を戻した時、丁度栄口と喋っているのを見かけたのをいいことに。

 喋ってねぇでさっさとやれ、水谷!

 と、声の限りに怒鳴ってやった。途端、はいぃッ!、と奇妙な声をあげて焦る水谷が見えて、胸がスカッとする。うん、やはり水谷はこうでないと、と頷いて、一言。

 あー、すっきりした。





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 20130906
〈相棒のように素直に「凄い」と言えない彼の、精一杯の誤魔化し。〉





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