No rose without a thorn.

[ 棘のない薔薇はない(霜花落処) ]



 俺を、好きにならないでね。

 水谷は笑ってそう言って、その顔はいつもと同じふにゃりとした締まりのない、それでいて愛嬌のある笑みなのに、なんでか淋しく見えた。いや、それは俺の心情なのか。

 …みずたーー。
 泉。
 …。
 俺は失いたくないんだよ。

 何をーーー何を?
 詰るように思う。苛立ちさえ覚えて思う。けれどそんな悪足掻きにもならない焦燥は。

 最良の友を。

 その言葉で朽ちていく。
 それはいつかの俺が言った事だった。恋人より、最良の友は得難いと。
 幸い、俺にとっての最良の友は身近にいた。水谷にとってもそうだったのだろう。それは、幸いだったはずなのに。
 好きにならないでね。
 その言葉が脳裏を駆け巡る。唇が震えて噛み締めた。血の味がする。ぞっとするほどの現実味に目が痛い。
 なんでだ、水谷。なんで、お前だったんだ。

(友と恋人は両立しない。友は恋人ではないし、恋人は友ではあり得ない。)

 ましてそれがあり得たとして、最良にはなり得ない。

 …なんで。

 掠れる。声も、視界も。なんでこんなに世界は不明瞭なんだ。壊れたレンズを覗き込んでるのか。不良品か、欠陥品か。嫌な事だ。まったく、どうして。

 なんでだろうね。

 水谷が言う。水谷は知っているのだ。声の裏側に忍ぶ影を感じて、強くそう思った。そして多分、俺だって本能ではそれを理解しているだろう事も。

 水谷…。

 縋るように出した声は、やっぱり縋りきれずにただ落ちて行く。

 …泉。

 水谷も敢えて拾おうとはしなかった。残酷で、でもきっとそれが正しい。縋ってしまえばもう駄目だ。水谷の望みは叶わず、俺も堕落するだけ。だからこれで良かったんだ。これで、俺と水谷は最良の友でい続けられる。
 それでいい。それでいいだろ。

(夢見たのが悪かったんだ。)

 親友から一歩進んだ関係をと夢見たのが悪かったんだ。だから、これで。

 俺は、お前と親友だ。

 言って、笑って、やっぱり笑顔が返されて。

(嘘つき。)

 心がそう叫んでいた。





戻る



 20130403
〈泉に好きになられたら絶対好きになる自信がある水谷と、自分の言葉で自滅する泉。〉





PAGE TOP

inserted by FC2 system