I'm short of You.
[ あなたが足りない(霜花落処) ]水谷が、泣かなくなった。
高校生にもなれば、それが男子ならなおのこと、他人の前でそうそう泣く事はないだろう。でもそこに当てはまらないのが水谷文貴という男だった。
泉はそんな男の親友で、誰よりも傍にいて、誰より水谷の信頼と友情を勝ち得ていた。だから水谷が泣くとすれば泉の隣で、それは水谷が望んだ事であったし、泉に許された特権でもあった。
だと言うのに、だ。その水谷が、月に数度は小さな事で、泉に言わせればツマラン事で泣いてた水谷が、泣かなくなったのである。
大事件だった。ぞっとした。水谷が笑ってる。一ヶ月通して、笑っていた。泉は吃驚して、他の男に走ったのかとも思ったが(二人の間にあるのは歴然且つ純然たる友愛であるが)、そういう風でもないらしい。
水谷はいつもと同じく泉の親友で、泣かない以外は少なくともそれまでと同じ言動と表情を泉に向け続けた。
それでいいのかもしれない。泉はふとそう考えて、思えば月に数度泣いてた事が逆におかしいのではとも考えた。けれど。
「んでね、それで三橋が…ーー」
にこにこと笑いながらチームメイトの話をする水谷。今日の昼食への期待と、夕飯の予想、明日の練習を恐怖し、放課後の部活を渇望する水谷。同じだった。次から次へと変わる話題も、力の抜けたような笑顔も、水谷を知る奴からすれば、彼こそ水谷文貴だと太鼓判をもらえそうなほど、今、泉の隣にいる男はどうしようもなく水谷だった。だと言うのに、それでも、だ。
「ねぇ、それって泉はどうおも…ーー泉?」
泣かないでほしいと願った事は一度もない。ほんの少し面倒だとは思ったけれど、泣いて何かがすっきりするなら泣けばいい。その時隣にいてと願われる事は本望だ。
それを伝えなかった俺への罰なのか。
水谷が泣かなくなった。ただ笑うだけになった。泣かないで済むなら、それはそれでいいのだけど。
「泉…?」
なんでだろうな。
「どうしたのさ…」
戸惑った声に何も返せない。それは俺のセリフだと言う事もできず、ただ。
(貴方は変わってしまったのね)
三流ドラマのセリフが、泉の頭にこびりついていた。
20130323