Trickster

[ 詐欺師・道化(霜花落処) ]



 彼女ができたら、と言う話題は中高生の男子にはつきものだ。青春真っ盛りと言うか、どうしたってそういう話題が増えていく、所謂お年頃というやつ。
 野球部で言うと田島や水谷が話の主導を握り、話題を提供する事が多いのだが。

「水谷に彼女ができるイメージが沸かねぇ」

 ある日阿部がぽつりと言った。授業と授業の合間の休み時間。水谷はトイレに行ったか何かで、近くには見あたらない。先日の席替えで隣同士になった花井と阿部は、そのお陰で昼食時の席移動がなくなったけれど、水谷だけ離れてしまい、そのことでうわーんと泣きつかれたことを、花井はふと何故だか思い出した。

「水谷に彼女? …いや、あいつそこそこモテるんじゃねーの?」

 と返せば、でもさ、と直様返事がくる。

「あいつ全部断ってんじゃん」

 言われてみれば、確かにそうなのだ。口が暇になれば決まりきったように「彼女欲しいねぇ」と呟く水谷は、はっきり言ってモテる。多分野球部一と言っていい。容姿と話しやすさから野球部に夢見る女子は基本的に水谷に流れて行く。その点田島はと言うと、どうやら女子からすれば「弟のような感じ」がするのだそうだ。あれで中々男らしいのだが、試合中限定ともなれば花井に擁護の余地はない。不憫なので、本人には伝えてない。

「でもそれも時間の問題じゃね?」

 水谷にだって選ぶ権利はある。合わない女子とわざわざ付き合ったりはしないだろう。そんな意見は、

「あいつが女を振る理由、知ってっか?」

 阿部の片笑みの前に崩れ落ちる。

「ないんだと」
「…ないって、振る理由がか?」
「そ。別に嫌いじゃねぇ。好きかも知れねぇ。どっちかと言えばタイプ。話してて楽しい女子。そんな女でも、あいつ振るんだ。ごめんね、って言うんだと」
「…なんだ、それ」

 意味が分からない。確かに付き合ってしまえば(しがらみ)もあるだろう、問題もあるかもしれない。でももしかすると、それを乗り越えて付き合っていける女子がいるかもしれないのに。

「最初からあいつ、誰かと付き合う気なんてこれっぽっちもねぇんだよ。口先だけでさ。そりゃそうだよな」

 と言って嗤った阿部は。

「あいつ、誰も好きじゃねぇんだもん」

 声と笑みの残響が消えるより先に、机に顔を突っ伏した。その後に阿呆らしいと微かに聞こえた声は、震えて教室内の喧騒に掻き消されて行く。





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 20130309
〈博愛主義の水谷と、偏愛主義の阿部〉





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