TroubleMaker

[ トラブルメイカー(霜花落処) ]



 花井と阿部と栄口、つまり主将、副主将の、通称首脳会議は、主に昼休み、七組の教室で行われることがほとんどだった。それは十分で終わる時もあれば昼休み丸々潰すこともある。早く終わればいいけれど、根が生真面目な三人組なので長引くのが常で、会議中は絶対に口出しするな手を出すな大人しくしてろと阿部に厳命されている水谷は、会議がある日の昼休みは暇で暇で仕方がない。とうとう我慢できず口を出し手を出せば、阿部から鉄拳を受け、花井に苛立った声で注意を受け、栄口にさえ窘められる。むくれても三人は知らんぷりで会議へと没頭して、水谷は結局ひとりぼっちだった。最初の頃はそれでも七組で弁当を食べていた水谷だが。

「俺っ、一組行ってくる!」

 栄口が七組に来たことで一人残されている巣山が可哀想だし、二人で喋る方が楽しいと、いつからか一組に遊びにいくことが多くなった。それに誰からも異が唱えられることもなく、平和に進む会議に本来はこうあるべきだよなと、三人はそれぞれ思っていた。少し、ほんの少しだけ、いなくなった存在に物足りなさは感じたけれど。
 そんな穏やかな日々が続いた、ある日のこと。

「もう一組の子になっちゃおうかなぁ」

 偶々巣山が昼休みに用事があって水谷が久々に七組で弁当を食べることになり、偶々首脳会議が十分という滅多にない短時間で終わった昼休み。もう喋って良いよという栄口のお墨付きをもらった水谷が、開口一番そう言った。阿部はまた何か言い出したと眉間に皺を寄せて知らないふりをし、花井は少し驚いた顔で水谷を見て、栄口だけがどうして?と優しくその理由を促した。水谷はそんな三者三様の態度に目もくれず、食べ終わってすっからかんの弁当箱を手早く片付けながら。

「巣山のが、俺んこと大事にしてくれるし」

 とどこか気落ちした風に言う。あれ、元気ない?、と気づいた花井と栄口が、なんとフォローしたものか、と目を見交わした時。

「は、あ!?」

 大声を出したのは、阿部だった。至極驚いた顔で、それとも焦った顔だろうか、そんな顔で水谷を見て。

「大事にしてんだろうが!」

 そう、叫んだのだ。
 びっくりしたのは花井で、栄口で、多分言った阿部だってそうだった。一瞬クラス内も阿部の怒声に気を取られて時間が止まったようだったが、なんだ野球部か、という認識だけで、数秒もすればいつもの教室。よく訓練されたものだ、と栄口はひそりと思い、自分のクラスじゃ有り得ないな、とも思った。いやいや、それよりも。

(大事にしてる、ねぇ?)

 どの口が言うのか、というのが、栄口の素直な本音だった。何しろ阿部の口のきき方は相当キツイ。仲良くなければ、いや沖あたりは未だに聞いているだけでもビビってしまうくらいだ。野球部特有の大きな声であるのも一因だろう。花井や栄口に対してはそうでもないのだが、性格とともに表情や口まで緩い水谷に対しては結構酷いことを平気で言う。それが阿部にとって気を許した相手への甘えだというのは既に知るところだが、それにしたって大事にしてるとは言い難い。巣山と阿部を天秤にかけたら、栄口は巣山をとる。どこか申し訳なさそうに視線を阿部から逸らす花井も、同じ結論に達したようだった。

(まぁ、日頃の行いって奴だ)

 栄口は容赦なくそう結論を出し、水谷も巣山を選ぶだろうなと疑問を持たずそう思い、残っている弁当のおかずを消費していこうと箸を伸ばしたのだが。

「…そ、か」

 驚くよりも呆然としていた水谷が、ふと声を出し。

「俺、大事にされてるのか」

 夢見心地の声でそう言ったかと思うと、幸せそうに笑ったのだ。またまた驚いたのは花井で、栄口で、なんでそういう結論に至るんだと水谷の思考回路の神秘っぷりに言葉をなくした。阿部はというと、言ったことを後悔してか、恥ずかしさに耐え切れなかったか、飲み物買ってくる!、と叫んで教室を出ていった。…まぁ、阿部はいい。栄口はこほんと空咳をしてなんとか心を鎮めると。

「あの、水谷?」
「何?」
「その心は」

 恐る恐る問う。花井も固唾を飲んで聞いている。水谷はそんな二人の様子には無頓着で、尚ものほほんと笑ったまま。

「阿部は、嘘言わないから」

 だから、阿部が大事にしてるって言うなら、俺は大事にされてるんだよ、と言う。それを信じて疑ってもいない顔。子どもがサンタの存在を疑わないのと同じように、純粋で無垢な。だから。

「…あぁ、そうだな」
「阿部って何気に水谷のことお気に入りだしね」

 花井も栄口も、その夢を壊したりはしない。何が真実かなんて、当人が決めればいいことだ。それに、ほわほわとした水谷の笑顔をなくしてしまうのも忍びない。何だかんだ言って会議の時は邪険にもしたけれど、花井も栄口も、当然阿部だって、水谷を存在レベルで好きなのだ。

(まったく、掻き回してくれるね、水谷は)

 そんなこと、当人は知りもしないだろうけど。栄口はひそりと思って、でもそんなのも悪くないと思ってる自分に、困ったように微笑んだ。





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 20121231
〈台風の目の水谷。被害は大概主将と副主将コンビ。〉





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