I miss you.

[ あなたがいなくて寂しい(霜花落処) ]



 阿部。

 花井の呼ぶ声にぐっと言葉が詰まる。言いすぎた自覚はあった。それは言ってる途中から気づいてて、ついでに、あいつの顔が段々何かを堪える感じになってったのも分かってた。それでも止まんなくて、言い切ってしまった。なんで俺はいつもこうなんだって自己嫌悪を吐き出すように溜息を吐く。
 それを、それさえ、あいつは自分の所為だと思ったのだろうか。ごめん、と小さく呟いて教室を出て行ってしまった。違う、と言う声はあいつの背中に届かない。俺の口の中だけに響いて、頭の中で警鐘のように響いた。今すぐ追いかけて自分が悪かったのだと言わなければ。分かっているのに、足は動かない。
 少し離れた場所にいた花井に名を呼ばれて漸く固まっていた躰が動く。謝んねぇと。その思いで教室を出て一組に向かい、教室の中を覗き込む。意図せず栄口と目が合った。栄口はすっと寄ってきて、いつものようにどうしたの?、と柔らかく聞く。あぁ、俺にもこういう言い方ができたら、なんて思いながら。水谷…と口篭りつつ言えば、栄口はあぁと察してくれたようだった。

 水谷と喧嘩した?

 苦笑ぎみに言われて俯く。いいや、あれは喧嘩なんてもんじゃない。ただ一方的に俺があいつを貶してただけだ。言い合いだったのなら、こんな居心地の悪い思いはしてなかった。いつも俺は言葉で水谷を傷つけるだけで、それは何にもなっちゃいない。駄目だって思うのにやめられなくて、それは自分自身、結構辛い。それを顔に出すからあいつは俺を責めず、ただ俺のごめんを待つんだ。我ながら狡い。別にそんなとこまで計算尽くって訳じゃないけど、でもそうなっている現状を思えば俺はあいつの優しさに甘えてる嫌な奴だ。
 だから兎に角謝んねぇと。また栄口を見れば、ここにはいないよとさらりと言われる。え、と固まった。だって水谷は何かにつけて栄口を頼るし、部活中に誰かに弄られた時にも栄口に駆け寄っていたはずで…。違っただろうか、と困惑しながら栄口を見れば、栄口はちらりと笑って、こっち、と俺を手招いた。
 ずんずん進む栄口の後を慌てて追う。どこに行くんだろう。まさか屋上で独り泣いてたらどうしよう。空き教室で蹲ったあいつを見た日にゃあ多分俺も泣く。
 そんな最悪の場面を想像しながら辿り着いたのは何故か三組だった。ここ、と栄口は言って、ほら、と指差す。栄口の思いの外男らしい指先を辿れば、西広と沖に挟まれて、朗らかに笑うあいつが見えた。笑ってる…思って、それを口に出してたらしい。栄口が、泣いてると思った?、と意地悪にも聞いてくる。答えるのは癪で、だからって他の言葉も見つからなかったから押し黙る。そんな俺に栄口は小さく笑って、水谷はね、と言う。

 なんか哀しいことがあると三組に来るんだって。

 水谷が言ったのを西広から又聞きしたんだけどと一言断って。

 哀しいことを哀しいままにしたくないらしいよ。哀しくて泣くなら、笑って泣いていたいんだって。

 水谷らしいよね、と栄口は優しく笑い。それで三組に来るのも、水谷らしいよね、とも言った。どういうことだと見やれば。

 俺のとこに来たら、多分水谷は笑えないまま泣くと思う。俺は泣きそうな水谷に笑えなんて言えないし、笑ってほしくないとも思う。涙って流してすっきりすることもあるからさ。

 鈍く笑う栄口はほんの少し遠い目をして。

 だから水谷は三組に、西広と沖の所に行くんだろうね。あの二人は凄く空気を読むから、水谷にとって酷く居心地がいいんだと思う。哀しい心を押し殺して二人を笑わせてさ、その笑いがいつの間にか本当になってるんだよ。二人が笑ってくれることで、水谷の心に溜まった哀しみがふわふわって消えちゃうんだ。
 …そんなの分かんねぇじゃん。

 思わず反論すると。

 見てたら、分かるよ。

 栄口は言う。その声ははっきりとしていて、常に柔らかさを帯びている声を思えば頑なにさえ聞こえた。栄口はその光景に何か思う所があるのだろうか。ちらりと向けた栄口から視線を外し、三組の中の三人組を遠目に見る。楽しげだ。七組で見た水谷の表情なんてここになく、心もないのだろう。哀しみは払拭されたのか。
 それは喜ばしいことの筈だ。泣かれるより笑っている方がいい。面倒も少なく、謝るにしても罪悪感が減る。
 でもそれを本当に、喜んでもいいのだろうか。

 …栄口。
 ん?
 …なんか、なんつーかさ。
 …うん。
 ……つれぇ。

 矯めて矯めて言った言葉。感情はその言葉に伴わない。空虚ですらあって、笑いそうになる。
 泣いてほしくはない。できれば笑っていてほしいとも思う。これはあいつの性格上、それを鑑みた上でどちらが自然かを考慮した結論だ。他意はない。だがそれでも、その持論を崩してでも。

(他で、別の場所で笑うなよ)

 そうするくらいなら泣いてくれ。そんなの、だって。

 寂しい、よねぇ。

 栄口が言う。俺は何も言えないまま、頷くことだってせずに、ただ笑うあいつを見ていた。





(寂しい。寂しい。一番誰かが必要な時に、傍にいてほしいのは自分じゃないと突きつけられたようで。)





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 20121230
〈そんなこと、言える訳もないけれど。〉





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