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[ 防火壁(霜花落処) ]



 お前は水谷の味方でいろよ。

 そう言ったのは阿部だった。何を言うんだろう。なんでそんな事を態々言うんだろう。言われなくても、俺は水谷の友達で、だから、水谷に何かあったら相談だってのってやるし、弱ってるなら守ってやる。そんなの当然でしょ。なのに、なんで。
 阿部はただ笑うだけ。ほんの少し、切なげに。
 その言葉の意味が分かったのは、それから数日後の事。噂が学年中に、下手すれば学校中に広まっていた。いや、噂なんて可愛いもんじゃない。それはもう誹謗中傷と言っていい。嗤笑と暴言が行き来する。そいつらの顔の醜い事。胃がムカムカして、腸が煮え繰り返って、涙が、出た。
 水谷は学校を休んでいた。阿部の計らいだろう。当の阿部は普段通り登校していた。攻撃は全て、阿部に向いた。休み時間になると七組は人垣ができていた。色んな奴がいて、色んな声がする。耳を塞ぎたくなった。目を閉じたい。でもきっと、全てを甘んじている阿部を思えば、そんな事、できる筈もなく。
 人垣を掻き分けて進んだ。ドアに辿り着く頃には、何処かに引っ掛けたのか、肌に幾つもミミズ晴れができていた。痛い。でも、それがなんだ。阿部に近づく。傍には花井が立っていた。廊下からの視線から守るように、立っていた。目を見交わす。互いに硬く頷いて。その時、廊下からまたまた人が登場。
 野球部の面々が、誰からの号令もなく、七組に集結していた。花井に守られながら、それに視線も遣らずただ黒板を見続けていた阿部が、とうとう皆の方を向いた。呆然とする。
 なんだその顔、と笑う田島がいる。三橋は泣き笑いの顔で阿部に抱きついて、泉はそんな三橋の背を撫でながら、阿部の背も撫でた。一緒に来た巣山は無言のまま花井の隣でその大きな躰で阿部の壁になり、沖と西広は阿部の両隣に陣取って肩に優しく手を置いた。
 囲む俺達を、阿部がまだ事情を掴めないのかぼんやりした顔で見渡して。何で、と言う。阿部らしくない小さな声だ。見た目以上に憔悴してるらしい。また苛々が再発する。
 誰だ阿部をこんなに迄追い込んだのは。そんで阿部はこんなに追い込まれる迄独りきりで耐えてたの。何ではこっちの台詞。なんでなんでなんで! なんで俺達に何も言わない。
 言いたい事は色々あって、喉元まで競り上がったけど、やめた。今言うべきは違う言葉だと、そう思ったから。だから、俺は、俺達は。

「お前の味方だからだよ!」

 笑って言う。疑問に思うな納得しろ。水谷だけ守ってどうすんだ。どっちも笑ってなくてそれで守れたって言えるかよ。俺達は正義の味方じゃない。メジャーかマイナーかなんて瑣末な事だ。好きな奴を守って何が悪い。好きな奴に好きと言って何が悪い。巫山戯んな。馬鹿野郎。

「だから、お前の事だって守るよ」

 そんな事言わせんな。何で分かんねぇの。ここ迄されて、何で、なんてやめてくれ。そんな不思議そうな顔すんな。ったく何時もの自信満々でずる賢い阿部は何処に消えた。あぁ外にいる奴らの所為か。大丈夫、後でしっかり分からせるから。だから今は聞いとけ。な?

「お前が、お前らが、好きだからに決まってんだろ!」

 そんな、野球部の大合唱を。





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 20121229





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