You can do it.

[ 君ならできる(霜花落処) ]



 あ、まただ。また一人で項垂れてる。
 マウンドの上、誰からも遠く、一人、空の蒼に近い彼。大丈夫かな。何か言うべきだろうか。そう思って、でもそうすれば今ある"流れ"が消えてしまいそうで、だからやめた。本当に声を掛けるべき時なら阿部が何か言うだろう。阿部はただ構えるだけ。なら、大丈夫だ。
 でも一応声を掛けておくべきか。だとしたらなんて言うべき? 攻守入れ替わりの時にそう思い、悩みながらも近付こうとした時に。

「みはしー」

 と遠くから声。マウンドから動き出した彼も自分と同じように振り返る。遠くレフトから走ってきたあいつは、ぽすん、とピッチャーの彼の背を叩くと。

「大丈夫」

 と一言。

「お前のワガママ、俺、結構好き」

 とだけ言って、彼の横を通り抜けて行った。彼はぱちくりと目を瞬かせて固まっている。こっちとしても同じ気持ちなんだけど。

「…何、あいつ」

 バカじゃない、と貶しつつ零れるのは笑み。

「水谷のくせに」

 聞いていれば酷い!、と泣かれただろう。泣かせてみようか。また、今度。
 堪えきれない笑いを噛み殺しながら、彼の背中を押してベンチに行こうと促す。歩き出す彼。離れるマウンド。ほんの少し抗うように背中が強張ったけど、彼自身、それに気付いた風はない。どんだけだ。思って、また笑いが漏れる。
 うちのピッチャーは強欲だ。マウンドは自分のものだと言い張るのだ。言葉なんてなくても、行動、視線、零れる声で分かるのだ。そのことで自己嫌悪に陥る彼だけど、でも誰が咎めると言うのか。今日の失投を誰が貶すだろう。それくらい自分達が守るし点を入れればいいことだ。だからお前はマウンドで胸を張れ。ここで投げると主張する背中を俺達に見せてくれ。
 大丈夫。みんなみんな、分かってる。それこそ、そんな彼こそが好きなのだ。

「三橋」

 肩を跳ねさせるピッチャー。俺達のエース。怯えが見える双眸に笑いかけて。

「行こう」

 お前がマウンドで一人点を押さえるだけじゃ勝てないんだ。その後ろでその横で、その前でお前のワガママを見てる俺達が点を取らないと。
 エースは大きく頷いた。大丈夫。心の中で言う。大丈夫。俺達はエースのワガママも愛してる。だから。

「今日も勝つぞ!」

 遅れて帰ってきた俺達を待っていたタイミングで我らのキャッチャーがそう宣言する。ならばこれは勝たねばなるまい。

「勝つ ぞっ」

 エースにまで言われて、叶えてやんなきゃ嘘だ。各々の応える声がベンチに響く。

『九回裏、西浦高校の攻撃』

 アナウンスに息を吸う。勝て。勝て。いや、勝つ。

(俺達は負けない。)

 さぁ、ーーー来い。





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 20121222





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