TurningPoint

[ 分岐点(霜花落処) ]



 応援団長のあいつは、よくグラウンドに来ては野球部の細々した手伝いから練習の手助けなど、部員に混じってやってくれる。
 坊主と黒髪、精々茶髪がいいとこの野球部で、しかもみんな基本的に帽子を被っているから、あいつの金髪は何処にいても目立った。目を細める。西日が強い。眩しい。…あいつも。
 眩しいのは俺で、野球部の奴らで、あいつが目を細める理由なんかないはずなのに。あいつはふとした瞬間、グラウンドを見ては目を細める事を止めない。
 それはもう癖と言ってもいい。朝か昼か夜かなんて関係ない。誰がいるかも関連なく、あいつは目を細くしてグラウンドを見るんだ。眩しげに、ただ。
 なんでかは、分かる気がした。
 あいつにとってグラウンドは過去だ。応援団になったとして、野球と密接に関わっていたとしても、それはどうしようもないくらいに過去だった。戻ろうと思った時もあったかもしれない。またマウンドに立ちたいと想った事も。それでも今のあいつの肩書は、応援団長だった。
 だから"そういう事"なんだろう。
 その経緯に何があったかなんて俺は聞かないし聞けない。先輩後輩の枠から抜け出したとして、気安く呼び友達のような関係になっても、そこに俺は踏み込めない。遠慮じゃない。失礼だからとかでもない。怖いからだ。何故野球を捨てたのかの答えが、俺は怖い。
 なんで辞めたの。なんで西浦に来たの。あんたが来た時硬式なかっただろ。なんでそんな学校を選んだの。なんで留年してんの。あんたそこまで馬鹿じゃなかっただろ。あんたは俺の先輩で、エースで、みんなの中心点で、確かに大人っぽかったけど、簡単に何かを諦める程大人でもなかっただろ。…なぁ。
 問うてもあいつは捨てた訳じゃないよと言うだろう。ほら、今もこうして野球部の応援団してるでしょと笑うだろう。俺が欲しいのはそんな言葉でないと知りながら、あいつはいつだって正しくて間違ってる事を言いたがる。笑って心配ないよと言いたげに。心配なんかしてねぇよ。俺はただ答えが欲しいんだ。
 グラウンドを見つめたままピクリとも動かないあいつの背中にぶつけてやる。言えない言葉。言っても、どっちもが傷つく事。だから心に閉まって、だから笑ったままでこれた。無性に答えが欲しかった時期もあったけど、聞いてしまえばあいつが俺のいない一年で築いたものが容易く壊れちまう気がした。
 だからあいつがグラウンドを見る時を狙って心の中で問い続けた。
 あいつはその事を知らない。無防備で自分とグラウンド以外を排除した世界に佇むあいつに、俺なんかを意識する余裕はない。ただ見つめるだけだ。過去を。嘗ての自分を。思い出を今に(なぞら)えて何時かの時間に耽る。困ったもんだ。
 そこに俺はいないんだ。いても過去の俺で、今の、ここであいつを睨み付けてる俺じゃない。
 なぁ何時までそうしてんだよ。置いてきたんじゃないのか。捨てたんだろ? 捨てられなくても割り切ってくれよ。駄目だったもんは駄目だったんだろう。お前じゃあどうしようもない事だったんだろう。
 だから、なぁ。
 いい加減、こっち向けよ。そこにお前の望むもんはねぇよ。あるなら俺が代わりに手にしてやるから。だから、浜田。

(思い出に生きるのはやめてくれ。)

 今お前の傍にいるのは、どうしたって何時かの俺じゃないんだ。





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 20121206
〈放課後、オレンジ色のラプソディ。〉





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