treasure hunt
[ 宝探し(霜花落処) ]水谷!!
アメリカの喧騒を吹き飛ばす声は、確かに俺を呼んだ。懐かしい。瞬間、思ったのはその事で、誰かとも、なんでとも思わず、反射的に振り返っていた。
自分で思う以上に緩慢な動きだったのだろう。俺が振り向く前に、そいつは俺に抱きついていた。
でかい躰。力強い抱擁。香水の匂いはしない。
衝撃を二三本たたらを踏む事で殺し、視界の端に見えた黒髪に(あぁ…)とどこか安堵とやはり懐かしさを覚え、その後にじわりと湧き上がった驚愕が喉を締める。
なんで…。
知らず出していた声は震えたのかさえ分からないほど掠れ、小さかった。自分にも聞こえたかどうか。そんな事はどうでもよかった。
突き放そうと腕に力を込めた。指を、爪を立てる。服の上からなどさして効果はないと思ったけど、それだってどうでもいい。離せと言う意図が相手に伝われば、それで。
伝わっただろう。敏い男だ。でも、離されなかった。より一層密着する躰。
離せ。
とうとう声が出て、それは先程の男の声に負けないほど大きかったと思うのに、抱き締められているせいか、周りにはあまり響かなかったようだ。でもやっぱり、男には聞こえたはずで。
水谷…。
切なげに俺を呼ぶ声が胸を締め付ける。ダメだ。分かってるのに。
……あべ…。
口が勝手に動いて男の名を紡ぐ。返事はない。ただ一瞬抱く力が強まった。それだけで相手を判断するのは十分で、そして。
あべ、三橋を捨てたのか…!
叱咤するにも、十分だった。
阿部と三橋。三橋と阿部。高校で出会い、そしてプロにいった後もバッテリーを組んだ二人。なんで。なんで!
三橋は阿部がいなくちゃ駄目なのに…!!
それは。
三橋はそんなに弱くねぇ!!
今まで以上の怒声に掻き消される。
三橋はそんなに柔じゃねぇよ…俺の方が、駄目なんだ…。
弱い声。力の抜けた腕。そろりと阿部の厚い胸板を押し、顔を見上げる。
あべ…?
精悍な顔付き。以前よりずっとずっと、男になった顔を小さく歪めて、薄っすらと黒曜石の双眸に涙を浮かべた阿部は、それでも俺を真っ直ぐ見ながら。
お前が傍にいなきゃ、駄目なんだ。
アメリカの喧騒は遠い。日本の夜に似た静寂が俺達を包む中、俺は確かに、そんな阿部の言葉を聞いたんだ。
20130403