A little pot is soon hot.
[ 器の小さな人間は怒りやすい(霜花落処) ]阿部には少し前から、不思議に思っていたことがあった。
「お前さ、なんで浜田の事、さん付けで呼ぶ訳?」
阿部の問いかけに、食後のお菓子を食べていた水谷はその手を止めてしばしぱちぱちと目を瞬かせたかと思うと、あぁ、と納得のいった顔で一つこくりと頷いた。
「ちょっと前は俺も呼び捨てだったんだけどさ、花井がちゃんと浜田さんって呼べって言うから、そうした方がいいのかなーって」
その答えに阿部は酷く怖い顔をした。眉間にはばっちり皺。目付きは般若の如く恐ろしい。
「ちょ、阿部こわい! ここに小学生いたら泣くよ?!」
「いねぇからモーマンタイ。つかお前さぁ、前から思ってたけど、花井の言う事何でもかんでもほいほい聞きすぎじゃねぇ?」
思いつくだけで空で二三は指摘できると、阿部は水谷をじろりと睨む。睨まれた水谷は、心底吃驚した顔で阿部の顔を見た。
「え、なんで? ダメなの?! 花井キャプテンじゃん。それに、花井、間違った事言わないよ? 正論って言うか、まともな事言うし。浜田さんの事だって、年上だし、援団とか大変な事やってくれる人だし、だからさん付けは当たり前かなって、花井の言った事に納得したからそうしてるんだし」
いいじゃんと首を傾げる水谷。あぁ確かにそうだろう。阿部とて花井の言う事が間違ってるとは思わない。だが、些か水谷は花井の言う事を全面的に受け入れるすぎている気がしていた。
(俺の言う事はあんま素直に聞かねぇ癖に)
まぁ、つまりはーーーただの嫉妬なのだけど。
「あべ?」
「…もういい。忘れろ」
「えー?」
なんでー、と水谷がぶぅぶぅ頬を膨らませる。ほら、聞きゃしない。まったく。
(いつからこんなに心が狭くなったんだか)
前からだけど。でも。
「あべはあれだね、亭主関白だね」
「うるせーよ」
自分の言ったことに受けたのか、けたけたと笑う水谷に容赦ないデコピンを喰らわせる。笑顔は一転、泣き顔に。笑い声は批判の声に早変わり。わざわざそんなもの、聞き入れてはやらないけれど。
(つーかこんな尻に敷かれた亭主が関白な訳ねーだろ)
…その自覚はあるだけマシか、としみじみ思った、とある日の午後。
20130305