three,two,one,...zero
[ 三、二、一、・・・ゼロ(霜花落処) ]気づいたのは夏が過ぎた頃だった。
束の間騒がしさから逃げて木陰に入る俺を、追いかけてくる奴がいたのだと。そいつは静かにそこにいて、何も喋らず、息を殺して俺が背中を預ける幹の反対側にいつもいる。それは数分の間。それだけで、いつ来たのか分からないように、いつの間にかいなくなるあいつ。
何がしたいんだろう。何を期待されてるだろう。見えない顔に焦れて、掛からない声に焦って、幹から僅かに食み出した榛の癖毛に手を伸ばしかけて、ーーー止めた。引っ込めて、指先に空を握る。
俺は気づき始めてた。正しく何が何で、どうなるかなんて分からないけれど。それでも、分かりかけていたんだ。
だから声は掛けなかった。手を伸ばす事も止めた。それからも素知らぬ振りをして、気づかぬ振りをし続けた。秋が終わる頃。人肌が恋しくなる季節まで。
そして、今。
いつもを
一歩、二歩、そして、三歩。
息を吸う。細く細く、揺れる吐息。己の決意の塊。そう思えば微かに笑えて、その顔のまま声を出したから。
「水谷」
零れた声は酷く甘いものになった。砂の城が崩れ落ちるような足音と、冬の早朝のようなぎこちない空気が広がる。
(それでも、もう駄目だ)
だってだって気づいたんだ。気づいたんだよ。だからさ、水谷。
「あのさ、」
お前も気づけよ。なぁ。
(俺は、気づいたんだぞ。)
20130112
〈すきだ。〉