さよならの続き

[ 01 誰が駒鳥殺したの?(霜花落処) ]



 何かを失う予感なんてなかった。
 今日と明日は地続きで、明日のことは明日にならなきゃ分からないと言うけれど、今日無事だったのなら明日だってきっと、と思うことに疑問を抱けと言う方が無理な話だ。
 だってまだ15歳だった。
 思春期真っ盛り、子どもからちょっと抜け出して大人の階段を上っていく真っ最中の、好奇心と無鉄砲さを味方につけて、怖いものなんてほとんどないような無敵の年齢。
青春というものを味わい始めた甘酸っぱい年頃の、不安定な未来(これから)に挑む15歳の俺達は、それでもまだ子どもという免罪符を背負っていて、気づかないまま、それに甘えてさえいた。
 またね、と言うのに躊躇いはいらなかった。
 明日を信じてやまなかった。
 夜遅くまで練習をこなして監督の前で整列した人数が、そして挨拶した人数分の声が次の朝に揃わないなんてこと。
 一度でも考えたことはなかったんだ。




< side SAKAEGUCHI >




 最初に気づいたのは、泉だった。

「なぁ、おい」

 躰休めとモモカンのバイトの兼ね合いもあり、三日ぶりの部活でのこと。銘々に朝練に間に合うように来て、それぞれ着替えた順にストレッチが始まり、そろそろ終わろうかという頃に、一緒に組んでストレッチをしていた泉がさっとグラウンドに視線を巡らせてからぽつりと言った。水谷が来てないと。

「え、…ほんとだ。また遅刻かよー」

 今日から二学期だってのに、と笑顔もなく呆れたように言ったのには、訳がある。
 合宿も終わり、新人戦も近いということで激化する練習に、最初は躰がついて行かず寝坊する部員が多かった。それでも徐々に減っていったのだが、水谷だけ遅刻する回数が一向に減らない。三日に一度は遅刻をして、花井と阿部に怒られる。その光景も最初は「何やってんだよー」「頑張って起きろ」と笑うだけでよかったのだが、いつまでも治らないから、近頃じゃ誰も笑わない。強張った空気の中、水谷が「ごめん」といつもの顔で笑うばかり。花井や阿部も諦めてか、怒鳴るより溜息を吐く方が多くなった。

「水谷、どうしたんかな。前はあんなんじゃなかったよな?」
「あぁ。それに、練習中のエラーも増えた気がする」
「思った。まさか、スランプってやつ?」
「さぁ…どっちにしろ、このままじゃ西広にレギュラーとられるぞ」

 厳しい顔で吐かれた泉の言葉に、喉が鳴る。もともと部員数がギリギリな西浦は現在辛うじて一人ベンチがいる状態で、しかも当人の西広は野球初心者だから、そうそう交代がきくもんじゃない。試合慣れしてないし、用語や球の捕り方だって、近頃やっとマスターしてきたという状態だ。
 それでも西広の生来の真面目さからか、飲み込みは早いし、努力することも怠らないから、同じレフトポジションの水谷の代わりに最近では練習試合でも出るようになったけれど。

(そっか…俺達人数少ないし、一つのポジションに一人がやっとだったから意識してなかったけど、レフトは二人いるんだ…)

 レギュラーが自分でなくなるかもしれない。そう思っただけで、背筋がぞくりと震えた。なんだ、それ。凄く、怖い。

(自分より上手い奴がいたら代わった方がいいって分かってるし、ベンチでの応援やコーチャーも大切な仕事だって分かってるけど…)

 自分がグラウンドにいない。いないまま、試合が進んでいく。水谷から西広に、自分から誰かに。そう考えれば、なんだか胸の辺りがそわそわした。落ち着かない。それってなんか、嫌、だ。

(三橋じゃないけど、さ、でも)

 譲りたくない。ここは自分の場所だって、立っていたい。

「なんか、それで水谷、焦ってんのかな…」
「まさかとは思うけど、練習の後に無茶なトレーニングしてたりして、な…」

 泉も思うところがあるのか、半ばまで伏せられた目に陰りが見える。あぁきっと自分もそんな顔をしているんだろうな、と思った所で。

「集合ー!!」

 花井の声が、グラウンドに響いた。





 いつの間にか水谷以外の部員は当然のこと、モモカンとシガポ、篠岡も揃っていて、その三人の前に整列する。基本的に朝練と放課後の練習時の集合や整列に関して決まりごとはなく、自由に並ぶことが許されていた。だからいつもなら気にならないのに、今日は嫌に欠けた一人の存在が気になって仕方ない。

(だって、もうここにモモカンもシガポもいるんだぞ。朝練、始まっちゃうんだぞ。今まで遅くてもストレッチには間に合ってたのに)

 どうしたんだよ、水谷。心の中で思って、ぎりっと唇を噛んだ。さっきそわそわしていた胸が、ざわざわする。みんなそうなのか、誰も口を開かないが、視線がちらちらと動いていた。それを止めさせたのはモモカンの、パァンと朝のグラウンドに響く手を打ち鳴らした音だった。

「ほらみんな、落ち着きないよ!」
『はい!』

 応えてシャキッと背筋を伸ばす。視線もどうにかモモカンに固定して、部室やフェンスの向こうを見ないように頑張った。どうせ来る。きっと来る。その時、いい加減に心配かけさすのはやめろと怒ればいい。起きれないなら迎えに行ってやると言おう。そう思って、今はモモカンの言葉に耳も躰も集中させた。

「今日はみんなに連絡事項があります」

 モモカンははきはきと喋っていて、いつも通りだった。その様子に、あぁ何か別の特訓でも思いついたかなと、じわりと滲む安堵とともに少し背中に冷や汗をかいたのだけど。

「水谷君が野球部を退部したの。だからこれからはレフトを西広君に任せるからね」

 すっと抑えられた真剣な声、そしてその言葉に、喉が、凍った。





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 20121224
〈思い出す、思い出す、またねと言った、君の笑顔。〉





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