blue, yellow, red

[ 存在定義 ]



「上手くできていると思わないか」

 独り言のように零されたそれは、けれど隣に自分がいることで独り言になり得ず、また疑問を含む語調であったことから自分に投げかけられたものだと知ることができた。とは言っても、彼の視線は相変わらずコートに向けられていて逸らされず、自分に向けられる気配はない。
 それでも何か返すべきだろうと彼の言葉の意味を考えたが、少し考えても分からなかった。そもそもその言葉がどんな意図で漏らされたのかを推し量る術など、自分が持ち合わせているはずもなかった。

「えと、赤司っち、何のことっスか?」

 そう問うことで彼の人の、赤司の機嫌を損ねやしないだろうかと、黄瀬は練習で流した汗とは別に冷や汗をかきながら隣に座る赤司を見下ろした。赤司は怒った風ではなかったが、その視線にさえ応えてはくれなかった。ただ言葉だけが返ってくる。

「色だよ」
「色?」
「そう。俺達はそれぞれ個々の色を持っているわけだが、まぁここではお前と俺、青峰に限定する」
「黄色と、赤と、青、っスね」
「何か思いつかないか?」
「え? えーと、えーっと…ひ、光の三原色…?」
「惜しい。それは赤と青と、緑だ」
「えと、じゃあ、色の?」
「それも違う。そっちは黄色と赤紫、青緑だ」
「んー! じゃあ信号機!」

 頭を捻って出した答えが尽く間違えたことへの恥ずかしさで最後の答えは半ばやけくそだ。だが。

「そう、それ」
「へ?」
「信号機。青と黄と、赤」
「…あ、ほんとだ」

 確かに、と頷けば、赤司の口元がやっと僅かに綻んだようだった。そのことに、驚くほど安堵する。

「青の青峰は率先して進んでいくし、赤の俺は後先考えず進む奴等を止まれと引き止める役。黄色の黄瀬はその中間管理職、ってところか。まぁお前はどちらかと言えば青寄りだがな」
「あー、俺も進んでいっちゃう方っスかね」

 身に覚えがあるだけに、あははと頭を掻く。赤司もそうだなと頷いて。

「だが概ね合致していると思ったんだ。突き進む青峰にブレーキをかける黄瀬、それでも止まらない時は俺が出る。そんな関係が成り立っているんだなと」

 そう言った赤司はただ笑顔で、そして遠い視線で青峰を見る。コートの中で自由自在に動き、得点し、チームメイトと手を打ち鳴らす彼を。そこには明らかに自分がいなかった期間の、彼等だけで構成されていた時間が流れていた。彼と彼の間に、自分がいなかった頃の。
 その柔らかな横顔に、黄瀬はふと胸がきゅうと痛んだのに気がついて。

「…俺が真ん中にいるの、嫌っスか?」

 知らず、そう零していた。赤司は少し驚いた風な顔をして、やっと黄瀬を見上げた。真ん丸な赤い瞳は、映しているはずの黄色を呑み込んで。

「なんでそうなる。むしろ歓迎すべきことだ。お前の存在はこのチームでも大きい。あっていいんだ」

 あっていい。言われた言葉の、その存在を全て肯定されているようなそれに、不意に涙が溢れた。

「お、俺、ちゃんと役に立ってる、スか…?」
「…黄瀬?」

 好きで始めたバスケ。青に魅せられて進みだした黄色。だが部活である以上、スポーツである以上、上下関係や強者や弱者がいて、選ばれた者だけが公式試合でコートに立って。
 そのことに気づいてしまえば重みが段々と肩に食い込んでくる。自分が立つ場所は、誰かを切り捨てて、追い越して、蹴落として立っている所なのだと思い知る。
 そんなところに自分がいる。青や赤、他の色達と肩を並べて。

「始めたばっかで、こ、ここにいるし、みんなと一緒にや、んのとか、嬉しい、し、楽しい、けど、ほんと、なんか、俺なんかで、」

 ぽろぽろ。ぽろぽろ。涙と言葉が、止まらない。誰だ青信号にしたやつはと、いもしない涙腺の信号役に八つ当たる。今必要なのは赤なんだ。赤。赤。あか――…。

「黄瀬」

 呼ぶ、声。まっすぐ、こっちに向かって飛んでくるような、弓矢みたいな、声。

「…あかしっ、ち…」

 あぁこの声だ。この声が、練習中、試合中、俺達のプレーを引っ張っていく。
 青に近いのは、何も黄色ばかりではないんだ。
 そしてこんな時、仲間がどこまでも落ち込んでいきそうな時は引き止めてくれる。
 こうして、小さな躰で抱き締めて。

「お前はここにいていい」

 いいんだ。

 涙が出る。ぽろぽろと。零れて、溢れて、捻りっ放しの蛇口みたいに。
 赤色の彼の肩を濡らして、黄色の彼は静かに泣いた。
 抱き止める赤。踏み止まる黄。

 気づいた青が二人に突撃をかましてくるまで、あと、少し。





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 20120601





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