真夜中のノスタルジア

〈設定〉

 寮母さんな降旗君っていいんじゃない?みたいな思考から生まれたお話。
 時期のことは一切考慮しておりません。全員が中学生です。キセキの世代は帝光中、降旗君と火神は誠凛"中"に通っている設定。


〈本文〉

 帝光中学校バスケ部の合宿は基本的に都内で行われる。それは遠征する時間があるのなら練習に充てるという、至極最もな理由からだった。
 夏休みに入り、一軍二軍や一年二年の垣根なしに全員を引き連れての合宿が行われた。場所は都内にある合宿専門の体育館。広さもさることながらそこには宿舎もついており、遠征するよりも遥かに便利な条件が揃っている。
 しかし何しろ使用料金が高いため、スポーツの強豪校でもないと金が工面できないという難点があった。だからこそ帝光中のバスケ部は遠征など考えずにいられたとも言えるのだが。

「すげー。ボロいかと思ってたけど、結構普通じゃん」

 一年生用のバスを降りて開口一番の青峰の言葉に、黄瀬がそうっスねー、と相槌を打つ。隣に立った緑間がブリッジを持ち上げて口を開いた。

「敷地内に体育館は合計四館。それぞれが市民体育館並の広さと設備を持っている。宿泊施設もそこらの旅館より居心地がいいらしいのだよ」
「へー。それよりも売店、あるかなー」

 紫原の言葉に赤司がこらこらと注意する。

「合宿に来たんだぞ、紫原。それにどうせ、自分でも持ってきているんだろうが」
「うん。なかったら困るしねー」
「後で確認してみましょうね」

 そわそわと気になる様子を隠さない紫原に宥めるように黒子が声をかけた所で監督から集合がかかる。走って向かい、玄関前の整列に加わった。

「よし、全員いるな。スケジュールは配った予定表通りだ。今からそれぞれの部屋に行き、荷物を置いたら直ぐ第一体育館に集合しろ」
「はい!」

 返事を聞いて監督は一つ頷くと、一歩下がって立っていた老人が見えるように立ち位置を変え紹介する。

「そしてこちらが今回の合宿で私達がお世話になる管理人の方だ。くれぐれも迷惑や失礼のないように!」
「よろしくお願いします!」
「はい、よろしく」

 老人の穏やかな返答を聞いて、解散!、と声がかかる。赤司は青峰達を先導して歩き始める。どうせ自分がどこの部屋に泊まるかなんて、知らないだろうから。





 昼に到着してから休みなく続いた練習に一区切りついたのは、夕食の時間になってからだった。時刻は既に六時。小休憩を幾度か挟んだとは言え、胃は既に空っぽで飲料で誤魔化すにも限度が来ていたところだ。
 紫原は特に元気がなく、緑間に引き摺られるようにして歩いていた。

「もー駄目…何この合宿…俺死んじゃうよー…」
「それだけ、喋れたら、死にはしないのだよ…というか自力で歩け!」
「むーりー」
「くっ…! 何故俺がこんなことを…」

 苛立つ緑間に、青峰が素気なく答える。

「身長だろ? 俺や黄瀬じゃちっと足んねぇし、テツや赤司なら身長足りなさすぎて潰れちまうっての」
「緑間っちが適任なんスよ! 黒子っちと赤司っちが羨む身長を誇ってるんだから、それくらしないと」

 と朗らかに笑う黄瀬がドンッ!という衝撃音と共に唐突に蹲った。背中に手を当て、声もなく痛みを堪える風な黄瀬の後ろには。

「あぁ、済まないな。背中に虫がいたんだ。飛び回られては迷惑だと叩き潰そうと思ったんだが、ちょっと強く叩きすぎただろうか」
「あ、赤司…うぉっ」
「…僕もいますよ」

 赤司の所業と黄瀬の様子に気を取られていた青峰は、いつの間にか近寄っていた黒子に膝裏を押され、バランスを崩して廊下に膝を強打した。

「ってぇ!!」
「ひ、ヒドイっス…」

 崩折れる二人に構わず、赤司と黒子は食堂に向かってスタスタ歩いて行く。緑間も紫原にせっつかれてその後を追った。





 部員数百人を誇る帝光中バスケ部。合宿には全員来ているのだから、当然夕食もその数だけいる。そう言えばこの合宿所には最初に紹介された老人の他にどれほど人がいるのだろうか、と赤司はふと疑問に思った。体育館に篭って練習をしていたせいでまったく様子が分からない。
 百人もの人間の夕食を用意するにはどれだけの人数が必要なのかもよく分からないけど、と思いながら食堂の扉を開けた時。

「う、わッ」

 向こうからも開けようとしていたようで、驚いた声と共に人影が赤司にぶつかる。咄嗟に受け止めた赤司は、パッと顔を上げた人影が同年代の少年であることに目を見開いた。

「ご、ごめん! 怪我しなかった!?」
「…いや、大丈夫だ」

 焦る少年に落ち着いて応えると、その赤司の様子に安堵したのか相手はほっとした顔を覗かせる。よかったと微笑んで赤司から離れ、一歩距離を取ると。

「えと、帝光の生徒さん?」
「あぁ」
「そっか。今呼びに行く所だったんだよ。さ、入って。席はテーブルに張ってある一年とか二年って書いてある紙を目印にしてくれたらいいから」

 と扉で立ち止まっていた赤司達を招き入れると。

「じいちゃん、火神、生徒さん来たよ!」

 ぱたぱたと軽快な足音を鳴らして奥の厨房へと走っていった。言われた通り赤司達は一年の席に着くと、カウンター越しに見える厨房を窺った。

「同い年くらい、でしょうか」
「バイトー?」
「俺てっきりうちのバスケ部の子かと思ったっス」
「あー、まだ顔覚えてねぇ奴、確かにいるわ」
「まぁ百人もいればな…」
「おいおい、せめて先輩は覚えておけよ。面倒だからな」

 赤司の咎めの言葉にわぁってるよと青峰は言うが、どうせ覚えることはないのだろう。一年とは言え既に実力を認められていることもあり、青峰達は基本的に自分勝手を貫いていた。それを正面切って指摘する先輩もいないが、体育会系と言うのは上下関係ありきであることも確かだ。それを盾に厄介事が起きては馬鹿馬鹿しいし、そんな些事に構ってはいられない。
 そう考える赤司は青峰の態度に溜息を吐きながら、また少年の姿を追う。彼はカウンターから出て、徐々に席が埋まりつつあるテーブルの間を忙しなく回って給仕していた。

「…どうやら管理人の孫のようだな」
「え、赤ちん、なんで分かるのー?」
「あぁ、さっき厨房に向かって”じいちゃん”って言ってましたもんね。ほら、厨房の中に管理人さんがいらっしゃるんですよ」

 黒子の指摘に赤司が頷く。

「夏休みだし、おじいちゃんのお手伝いってとこっスかね」
「小学生かよ」
「別に構わないのだよ。稀有なことではあるだろうがな」

 そう話している間に全員が集まり、夕食が始まった。夕食はバイキング形式で、部員達の食べること食べること。器が空になる度に彼は厨房から出て継ぎ足し、厨房にいる間も料理器具の片づけや返却される皿を洗ったりと忙殺されているのが垣間見えた。
 どうやら働いているのは思いの外少ないらしく、管理人とその孫の少年、そして後一人、奥に姿が見える少年に火神と呼ばれた男の三人だけのようだった。それでも回っているのが凄いな、と思っていると。

「どうした、赤司。考えごとをしながら食事すると、消化不良になるのだよ」

 前に座る緑間の指摘に、あぁ、と返し。

「いや何、火神と言う名をどこかで聞いたことがあると思っていたんだが…」
「かがみ? 名前って?」
「管理人の孫が厨房に向かって呼んだ名前なのだよ、黄瀬」
「あぁ言ってたな。それがなんだよ」
「どっかで聞いたって? 赤ちん」
「そう言えば僕もどこかで…」
「さっき思い出した。雑誌だよ。俺達も取材を受けたところだ。そこに他校の選手の紹介で、火神もいたはずだ。火神大我、と言ったかな」

 カウンターから覗ける部分は少なく奥まで見通すことは難しいが、偶に見える容貌はその写真で見たものと似通っている気がした。また火神という名前を持つ人間が、そこらにいるとも思えない。

「へぇ…お前よくそんな雑誌で見ただけの他校の奴のこと覚えてんな」
「俺なんて自分とみんなのページしか見てなかったっス」
「これから当たるかもしれない選手を知ることも大事だからな。雑誌にページが割かれるということは、それだけ注目を集めているのと同じことだ。覚えていて損はない」

 言い切った赤司に素直に賞賛の眼差しを向けた青峰と黄瀬。その中で紫原はこくりと首を傾げると。

「んー、じゃあ、火神って奴はなんでここにいんの?」
「さっきの管理人さんのお孫さんの知り合いなんじゃないですか?」
「同級生か、もしくは同じバスケ部なのだろう」
「でも部活に入ってて雑誌に載るくらいの奴なら、ここで時間使ってんの勿体無くないっスか? 俺達がここで何してるか知らない訳じゃないだろうし」
「あー、確かにここで手伝ってる暇なんかねぇよな、夏休みだし」
「まぁ火神は兎も角、さっきの奴がバスケ部とは考えにくいな」

 赤司の言葉に黒子が何故と問う。赤司は簡単なことだと言い置いて。

「ぶつかって受け止めた時、体重が軽かったし、触った腕も筋肉がついてるとは言い難かった。バスケ部に限定せずとも、運動部に所属している人間ではないだろう」

 なるほど、頷く五人を見返し、赤司は言う。

「なんにせよ火神がいるのは僥倖だ。機会があれば一戦交えるのもいいだろう」
「え、そんなんいいの? 赤ちん」
「向こうが了承すれば、な。1on1くらいは火神もやってもいいと言うかもしれないし、学校を挟むとまた余計に時間がかかるだろうから、これを逃す手はない。いい機会だと思わないか?」
「俺は構わねぇぜ? どんだけ強いかしらねぇけど、俺が直接確かめてやるよ」
「俺も俺も! やってみたいっス!」
「構わないのだよ」
「いい経験になるでしょうね」
「楽しそー」

 赤司は五人の反応に一つ頷いて。

「じゃあ後で俺が話をつけておこう」

 と言った。





 生徒全員が出払いすっかり綺麗になった食堂の一つの椅子に、降旗は崩れ落ちるように座った。疲れたと、伸びをするのも辛くて目を閉じて椅子に背中を預ける。
 そこに、火神が厨房から出てきた。降旗に近づき、その額に濡れたタオルを乗せる。言葉ではなく、ただ微笑を浮かべて降旗は感謝の気持ちを表した。

「疲れたか?」
「ん…身体的にって言うよりも、なんか、みんなの熱気に中てられた感じ…さすが運動部だよ」
「まぁ、帝光中のバスケ部っつったらそこらのバスケ部よりダントツで強いからな。今も飯食った後だっつーのに練習に行っちまったし」
「…火神も混ぜてもらえば?」

 言って目を開けた降旗。微笑は変わらず口元にあって、けれど火神は気分を害したように眉間に皺を寄せた。その言葉の裏にある降旗の声を知っているからだ。苛立ちを紛れさせるようにガシガシと髪を掻く。

「馬鹿言え。他校の練習に参加できるわけないだろ。それに何度も言ったけど、俺に帝光中のバスケは合わねぇよ」

 そう、何度も言った。けれど降旗はその言葉を繰り返す。何度も何度も。自分の存在を引け目に感じているのは、明らかだった。
 降旗と火神は幼馴染だった。幼稚園の頃から一緒で、途中数年間は火神が外国に引っ越してしまって離れたこともあったが、今はまた戻ってきてその関係も続いている。
 ただそれだけなら降旗がこうも卑屈になることはない。降旗が火神にこう言う時、それは自分の躰の弱さを呪う時だ。

「お前のためじゃねぇ。お前のせいじゃねぇ。…何回も言わせんな、馬鹿」

 降旗も嘗てバスケをしていた時期があった。外国でバスケの魅力に取り付かれた火神に倣うように始めて、その楽しさと技術を身につけ始めた頃、降旗は突然呼吸器系の病気に罹ってしまった。
 日常生活に障りはないものの、運動することはできなくなった。得意だった体育は総じて見学となり、降旗は外面的には明るさを保ったまま、火神の前では泣くことが多くなった。
 そんな降旗の傍にいてやりたいと思わなかったと言えば嘘になる。だが当然、その思いだけで自分の道を選んできたわけではないのに。
 中学に上がる時、誰もが火神は帝光中学に進学するものと思っていた。しかし火神はその道を選ばず、降旗と一緒の誠凛中に行くことに決めた。帝光中の方針が自分に合うとは思えなかったからこその決断だった。
 なのに降旗はそれからずっと火神にその選択をさせたのは自分だと思い込んでいる。分かったと言いながら微笑んで、結局何も分かってやしない。苛立つ。だがそれよりも哀しい。

「うん…」

 そう言ってまた目を閉じた降旗がごめんと呟くそのことが、火神は哀しくてしょうがなかった。





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 20120714





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