知将の駒

〈設定〉

 『ルノアールの涙』の中学生版的なお話。
 三年間黒子とは別のクラスに居続けて、赤司とは三年間同じクラス。どこにでもいる普通の中学生で、友達もそこそこ、勉強も中の中で、目立つ存在ではなかった。
 周りに馴染むのが得意で、ある意味で黒子と似た存在。違うのは黒子が自分を誰も認知できないように消してしまうのに対し、降旗は当然そこにいるものと思い込ませるのが得意。でも本当に腹を割って話すような友人はおらず、敢えて作っていない節がある。
 赤司がそんな降旗をクラスメイトの内の一人ではなく、一個人として認知したのは、部活後の帰り道、夜の暗がりで降旗が他校の生徒と喧嘩に興じているところを目撃してから。普段の教室で見る彼とはかけ離れた様子に興味を持ち、以後注意深く観察するようになる。
 卒業まで黒子と親しくなることはなく、寧ろ有名人とは関わり合いたくなかった模様。赤司ともできればそうでありたかったし、知り合いになるとも思っていなかったが、赤司に目をつけられてしまった以上逃げることもできず、南無三。最終的に赤司とは相棒のような関係を築く。
 降旗と黒子が誠凛に進学したのは偶然で、降旗がバスケ部に入ろうと思ったのは赤司の影響。
 尚、降旗君が誠凛バスケ部入部の際に帝光中学校出身であることを騒がれなかったのは”所謂帰宅部でバスケ部ではなかったから”という理由。(例「リコ:帝光中だ!」「日向:でもバスケ部じゃねぇぜ?」「リコ:あらほんと。なーんだ」みたいな)
 言うまでもなく題名は赤司が将棋をしているところから取りました。意味はあるようなないような。知将は駒がなければ知将足りえず、駒は知将なしでは戦えず、というところでしょうか。つまり持ちつ持たれつ。うちの赤降の根底にあるもの。


〈本文〉

「―――中学の頃、変な噂があったんですよ」

 その日、月に一度の図書委員の仕事が回ってきた降旗と黒子は、カウンターの椅子に腰掛けながら暫く誰もいない図書室を眺めていた。図書室で喋ってはいけないのは当然で、図書委員である彼等はその模範とならなければならない。
 だが誰も利用者がいないのをいいことに、暇を持て余した黒子がそう言えばと喋り出す。降旗はそれを受けて、どんな?、と言いたげに一つ瞬きをして黒子を見た。

「在学中には耳にしなかったんですが、”帝光中学校には番長がいるらしい”という噂があったみたいなんです」
「番長ぉ? 今時?」

 疑うように目を細めた降旗に、黒子は「そう馬鹿にしたものでもないですよ」と言った。

「帝光の生徒をカツアゲしたり暴行していた他校の生徒が、次々に返り討ちにあっていたそうなんです。そのおかげか帝光の生徒はいつからか安全に街を歩けるようになったとか」
「ふーん…でも番長って普通我が物顔で校内のし歩いてるもんじゃないの? 噂ってことは、そうじゃなかったんだろ?」
「そうなんですよね。僕はそんな人一度も見たことありませんし、そもそも僕の噂と同等かそれ以上にひっそりとした噂だったみたいですから」
「幻の六人目シックスマン並みかよ…」

 作り物っぽいなぁ、と頭を掻く降旗に、黒子は「でも」と言い置いて。

「だからこそ、僕と同じように普通に学校生活を送っていた人で、もしかしたら身近にいたのかもしれないと、思うんですよね」

 まるで願うかのように言う。降旗はその黒子を横目で見て、次に誰もいない図書室をぼんやりと見遣る。溜息を押し殺して頬杖をついた。
 番長なんて―――そんなつもりじゃあ、なかったのだけど。





 正義の味方になりたいと思い始めたのは、子どもらしく単純に、テレビ画面の向こうのヒーローに憧れてからだ。強くてかっこよくって、何かと真似をしていた。ゲームなんかよりヒーローに近づきたくて、お年玉やお小遣いは、全部そういったものに消えてった。
 でもいつからだろう、テレビ画面の向こうの世界のようなヒーローは、この世界にはいないのだと漠然と思うようになっていた。夕方に流れるニュースには必ず一つ二つ、暴力事件や殺人事件の報道があって、幼稚園児の頃はヒーローが悪い奴を倒してくれると無邪気に思っていたけれど、小学校高学年にもなれば警察に頑張ってもらうしかないと考えるようになった。
 そう考える自分に愕然とした。絶望さえした。嘗てヒーローになりたいと、自分はあれだけ願っていたのに。
 それから少し経って、『将来の夢を考える』という宿題が出た。机に向かって鉛筆を持つ。あまり考えず、配られた専用の紙に鉛筆の先を押し付ければ、自然と手は文字を綴っていた。気づけば紙の上に一言―――「ヒーローになる」。

「――…あ…」

 涙が、出た。文字の上に落ちる。文字が滲む。だけど、駄目だ。溢れる涙を止められやしない。紙が濡れる。文字が崩れる。それをただ見るしかない。だってこんなに―――嬉しい。どんなに現実を直視したって、どんなに無理だって思っても、自分はなりたいんだ。
 暫く経って、やっと頬に流れる涙を拭って思った。ヒーローになる。俺は絶対、ヒーローに。
 その日の晩、早速母親に何か武道をしたいと申し出た。強くなりたいんだと言い募る。母親はあらあらと言って、遅かったわねぇと笑った。

「ヒーロー好きのあんたのことだから、もっと早く何か習わせてくれって言うと思ってたのに」

 あんたのことなんてお見通しなんだから、とけらけらと笑う母親に、親はやっぱり凄いなと、気づくと一緒に笑ってた。
 結局近くに道場のある空手を選び、暇さえあれば通う日々が続いた。誰よりも強くなりたかった。誰よりも強く在りたかった。強さが認められて、段位の数が大きくなっていくのは楽しかった。自分は強くなってると目に見えるのが嬉しかった。
 誰かがそれをよく思わないなんて、考えてもみなかった。





 ある日の夕方、学校帰り、後ろから呼び止められたのは空き地の前を通りかかった時だった。ランドセルを背負い直して振り返ると、同じ道場に通う中学生が三人立っていた。喋ったことはないが、確か同じくらいの段位だったなと思い返していると、突然囲まれて押し倒された。
 ランドセルを引き摺られる。髪を引っ張られる。生意気なんだと一人が言う。なんでお前なんかがと叫んでる。俺達の方が歳上なのに、強いのに、なんでなんでなんで! ―――あぁそう言えばこの前の審査でこいつらは落とされたんだっけか、と思い出したのは、三人が俺を殴るだけ殴って満足した頃だった。
 別に悔しくはなかった。卑怯な手口を使わなくちゃ勝てないような奴に思うことは何もない。ただ思ったのは、こういう奴もいるのか、ということだった。ヒーローになりたい自分が立ち向かわなければならないのは、あぁいった奴等だと。
 多分あんな奴等はたくさんいて、抵抗できないことをいいことに、相手の自由や尊厳を奪っていく。そうする自分達の方が弱いだなんて微塵も思わずに、だ。
 きっとその時だ、みんなに賞賛されるヒーローじゃなく、人知れず悪を倒すヒーローになろうと、影に生きようと思ったのは。ヒーローが表に出過ぎると悪者は影に隠れてしまう。光の届かない所でこそこそまた悪事を働くのだろう。自分は、その影に身を潜めなきゃ。
 義務感にも似た気持ちでそう思った。思うことは何もない、なんて言いながら、多分、自分はあぁ言った手合いが一番嫌いだったのだ。
 その三人とは思いの外早く決着がついた。自由組手の練習の時、師範から組まされた中にそいつらがいた。今度は一対一。師範の目が光るから反則技なんて出せない。そんな状態で、俺が負けるわけがない。
 結果は一方的だった。でも、節度は守った。自分が我を忘れては意味がない。自分が礼節を忘れるような悪に染まっては駄目だ。ヒーローは常にボーダーラインを見極める。オーバーキルはやっちゃいけない。せめて、この現実世界では。

「ありがとうございましたっ」

 だから終わった後、清々しくそう言えた。もうきっと絡んでこないだろうと思って、それはその通りになった。





 中学に帝光を選んだのは、偏に家が近かったからだ。家に近いということは道場に近いと同じで、部活には入らずそのまま道場に通うことを選んだ。
 俺は着実に強くなっていて、入門した時から稽古をつけてくれていた師範も喜んでくれた。時折大会に出ることを勧められたが、あの空き地での一件以来心に決めたことを守るため、俺は辞退し続けた。
 だから俺は何の肩書きも持たないただの中学生で、注目されることもなく、一つの道場の中ですごいねと言われるだけの、ありふれた少年でいられた。ただ道場が休みの放課後は、普段の俺を知る人には到底見せられない所業を繰り返していたけれど。
 でもまさか。

「……降旗君って、喧嘩強いんだな」

 見られてたなんて。

「え…?」

 しかも。

「君の腕を見込んで、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

 帝光中学校が誇るバスケ部次期主将候補の、赤司征十郎に。





 うちの中学はバスケ部の名門で、部員は百名を超すらしい。バスケはよく知らないしバスケ部の戦歴も知らないけれど、兎に角そんな百人いる中でたった一人の主将に選ばれるかもしれないと噂されるのだから、取り敢えず赤司は凄い奴なんだろうとは分かった。
 その赤司と放課後一緒に街を歩いているのは、理解できないけれど。

「まったく君も面倒だな。学校でそのまま一緒にここまでくればいいのに、別々に出てここで合流するなんて」

 非効率的だと赤司は言うが、こっちは目立ちたくないのだ。それでなくても赤司は有名人だ。テストの点はいいわ、顔はいいわ、バスケはできるわと、そこらの男子からすれば羨望というか、絶望の象徴でしかない。
 それに教室でも喋ったことのない俺達がいきなり一緒に帰るのはどうしたって変に目立つ。それは御免被りたい。

「はいはい、悪かったよ。で、何。頼みたいことって」

 邪険な俺の言い様に、赤司は少し驚いた顔をした。なんだ?、と睨むように見ると。

「いや、俺にそんな口調で喋る奴が今までいなかったから驚いた。それに君の普段の様子から見ても、ヘラヘラ笑って喋るのかと思ってたから」
「悪かったな、ヘラヘラしてて。俺は円滑に学生時代を過ごしたいの」
「その割に危険な橋を渡っているようだけど?」

 ぎくり、と肩を揺らす。睨めつければ、勝ったと言いたげな意地悪な笑顔。さっきの言葉といいこの根性といい、絶対友達いないだろ、こいつ、と悔し紛れに思いつつ。

「で! 何なんだよ、頼みってのは!」

 叫べば、思いの外真面目な顔で返された。

「最近バスケ部を狙って他校の不良集団がちょっかいをかけてくるんだ。こちらとしては帝光中学校を代表するバスケ部である以上、暴力沙汰はいただけない。問題を起こせば試合や大会に出られなくなる可能性が高いからだ。だから何かされても泣き寝入りを決め込むしかない。相手もそれを分かった上でのことだろう、いくら仕掛けても仕返しできない連中だと思われているようだ。だがこの年頃でスポーツに打ち込んでいるせいかみんな熱血漢でね、仕返しがしたくて疼いている連中もいるんだ。この前うちのレギュラーが一人やられてからその風潮は高まりつつある。俺も実はその一人。でも立場上抑えこまなくちゃいけない。そこで君に目をつけたってわけ」
「はぁ…じゃあそいつら倒せばいいの?」
「軽く言ってくれるな。目撃証言から言って、相手は十人以上いるようだが」
「何人でも構わねぇよ。別にそれで俺が弱くなるわけじゃない」

 あの日から、一対多数の練習を欠かしたことはない。イメージトレーニングだってやってきた。卑怯な奴等はいつも卑怯な手を使う。数の暴力は、その最たる例だ。それに負けるわけにはいかない。絶対に、だ。

「んで、今はそいつらのアジトかどっかに向かってんの?」
「…話が早くて助かるけど、そんな簡単に引き受けていいのか?」

 赤司がふと立ち止まった。釣られて俺も立ち止まる。もう赤司は笑ってなくて、怖いくらいの無表情。あぁきっと練習中ずっとこんな顔してんだろうな、と想像すれば、なんだかちょっと笑えてきた。

「いいよ。ほんとは見られてたとか、どうでもいいんだ。だってお前、俺にそんな興味あるわけじゃないだろ? だったらこの頼みごとってのはお前にとって誰かの手を借りなきゃいけないくらい大事なことで、今の話を聞いたら俺はどうしたってそいつらを許せない。だったら利害の一致だ。お前は部員のためにそいつらを叩きのめしてもらいたい。俺は俺の夢のためにそいつらを叩きのめしたい。ほら、”そんな簡単”なことなんだ」

 だろ?、と言えば、赤司はちょっと面食らったような顔をした後、確かに、と笑った。

「ところで野暮なこと聞くけど」
「あ?」
「君の夢って、何?」
「何って…」

 そう聞かれて、なんでだろう、恥ずかしいとは思わなかった。好きな教科は社会と答えるのと同じくらい自然に。

「ヒーローになること」

 俺は赤司に向かって、堂々とそう言っていた。





 その不良軍団は結局俺一人でやっつけたんだよな、と降旗は思い返す。赤司も加わりたそうにしていたが、お前はバスケ部だろ!、と言いくるめて止めさせた。その時のむっとした顔は子どもっぽくて、無表情や意地悪な笑顔よりはいいなって思ったんだよな、とも思い出した。
 強者は一度心を折られたら立ち直るのは難しい。自分が弱者であることを認めたくないから強者でいようとする。強者になろうとする。その矜持を叩き折ってやれば、後はもう簡単だった。二度と帝光中学校の生徒に手出ししないことを誓わせて、念の為に脅しておいた。
 本当はそこまでする必要はなかったのかもしれないけれど、帝光中の生徒にとってバスケ部はヒーローなのだ。自分と違って、脚光を浴びて注目されるヒーロー。それを支えるためのヒーローってのも、いいじゃないか。降旗は頬に当てていた手で口元を覆って、笑みを隠した。
 赤司とはそれからも何度か共闘した。と言っても、戦うのは降旗の役目で、赤司は情報を集める役目だった。どこからかあそこの部活が虐められてるだの、学校内で恐喝犯がいるだのと言ってきては、行くだろ?、と言いたげに笑ってくる。降旗の扱いを熟知していた。
 赤司は降旗がヒーローになる手伝いをしてくれた。有難かった。自分じゃ気付けない悪の存在を教えてくれた。
 だからこそ別々の高校に行くのは、なんだか少しだけ寂しかった。





「洛山って、京都なのか」
「そう。寮に入る」
「大変だなぁ。ま、バスケは続けるんだろ? 頑張れよ」

 卒業式のちょっと前、そんな話をした。そろそろ桜が咲く頃だと、窓の外を見ていた。

「…君は、またヒーローを続けるのか」
「そーだな。必要があれば、な」

 虐めのない学校ならヒーローは廃業かな、なんて言う俺に、赤司は。

「俺のいない所でヒーローに、か」
「え?」
「なんだか寂しいな」

 振り返る。放課後の教室で、もう誰も残ってやしない。卒業式に向けて荷物は徐々に少なくなり、雑多だった教室が綺麗になっていく。
 そんな教室の不自然な綺麗さに数瞬意識を取られながら、そうだ、本当なら赤司はもうバスケ部の練習に行かなきゃいけないだろうにと、そこでようやく気がついた。
 行儀悪く机に浅く腰掛ける赤司。その顔はその頃になってようやく見慣れた、優しげな笑み。駄目だ―――その笑みに、直感で思う。何故か強く思った。言わせてはいけない。次の、言葉を。

「――… 」
赤司﹅﹅…!」

 声を張り上げて遮った俺に、赤司は驚きもしなかった。ただ分かっていたよと言うように笑みを深めただけだった。それが少し哀しみを帯びているように見えたのは、夕陽の加減だったのだろうか。

「い、今まで、ありがと…ッ」

 繕うように言った瞬間、何故だか泣けてきて、みっともなく声は掠れた。俯いて、夕陽が目に入ったんだ、とか、眩しくて、とか、意味の分からない言い訳が頭の中を巡ったけれど。

「うん…分かってるよ」

 赤司はただそう言って、言っただけ。滲む視界に赤司が床に足をつけたのが分かった。近づいてくる。俺の影が、赤司の影と交じる。榛が橙に侵され、橙が赤に飲み込まれるように。

「―――降旗﹅﹅

 躊躇うように、零された。でも、それでいい。特別な関係は、ここまででいい。境界線を引く。俺と赤司は交わらない。赤司は表舞台のヒーローで、俺は舞台裏のヒーローだ。それでいい。それがいい。だから。

「…お前は、最高の相棒だった」

 とどめを刺すように言う。赤司はただ、うん、と一つ頷いて。

「…その最高の相棒のために、胸を貸すのは許されないかな」

 そんなことを、聞いてくるから。

「―――ッ」

 赤司。ごめん、ごめん、ありがとう―――全てを込めて縋りつく。赤司は何も言わず、受け入れるように俺を優しく抱きとめた。





「その人にはね、恩があるんですよ」

 黒子は言う。その声に降旗は少しの間閉じていた瞼を開ける。決して大きくないはずの声が、誰もいない図書室には些か響いて聞こえた。

「バスケ部のレギュラーになったばかりの頃、他校の生徒にちょっと怪我させられてしまって、青峰君達が相手の学校に乗り込もうとしたんです。それを止めたのは赤司君なんですが、赤司君、どこから仕入れたかその番長を割り出して頼んだらしいんですよね。翌日には相手は壊滅。一時は赤司君がやったんじゃないかと言われたくらいで…」
「…やりそー、って言ったら、怒られるかな」
「笑うだけだと思いますよ」
「あぁ、あの心臓に悪い笑顔な」

 はは、と笑う降旗に、えぇ、と黒子は返す。

「一度お会いしてお礼が言いたかったです。怪我するかもしれない、もしかしたら学校側に知られて処罰を受けたかもしれないのに、僕等のために体を張ってくれたその人に」

 ぽつりと零されたそれに、降旗は。

「…別に、いいんじゃねぇかな」
「え?」
「ほとんど誰も知らなかったような噂だ。つまりその番長ってのは自分のことを知られたくなかったんだろうし、それでいいと思ってたんだろ。だったら礼なんて、多分求めちゃいなかったんだ。守ったその誰かが今も元気にしてりゃ、それがそいつに対する礼なんじゃねぇの?」
「降旗君…」
「なんて、俺の想像だけどね」

 言ってからりと笑う。驚いた顔をしていた黒子も、その笑顔に笑みを取り戻す。そうですね、と言って、照れたように俯いた。降旗はふと肩越しに時計を見る。なんだかんだでもうそろそろ閉室の時間だ。

「黒子、帰ろうぜ」
「もうそんな時間ですか」
「結局だぁれも来なかったな」
「そんな日もありますよ」

 そんな会話を重ねて、鞄を持った降旗は一足先に図書室を出る。その背に。

「…ありがとう」

 黒子が小さく呟いた言葉を、降旗は知らない。





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 20120714





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