三日見ぬ間の桜




 連絡が来たのは図書室を探していた時だった。ポケットの中の携帯の振動に気づいて取り出せば紫原からの着信。見ると赤司が体育館にいるという情報と共に、緑間が先ほどそちらに向かったことが書かれてあった。
 瞬間、パキリ、と周囲の空気が凍るような音がする。影でこちらを見ていた何人かの女生徒がびくっと戦いた雰囲気を感じながらも頓着せず、黄瀬は苛立たしげに携帯を乱暴にポケットに入れ直すと図書室を出た。

「緑間っち…!」

 思わず舌打ちを零したその時、丁度廊下の端に青峰の姿を見つけた。黄瀬は走り寄ると迷わず青峰に抱きついた。

「うぉっ!」
「青峰っちー!! 緑間っちに先越されたっスー!!」
「てめっ、こら離せッ」
「うー…」

 青峰にそう吠えられて、黄瀬は渋々青峰から離れる。突撃された拍子に首が変な音を立てたと首周りをさすりながら青峰が黄瀬を見遣ると、分かりやすくしゅんと凹んでいる。あぁこれはなんとかしなければと、どこからか沸く義務感に背を押されて青峰は落ち込む黄瀬に言葉をかけた。

「あー、で? 緑間が勝ったってか」
「そーっス! そうなんス! 紫原っちからさっき連絡来てー! 体育館にいるって! 体育館スよ!? 二人きりで!! もうなんなの、何しちゃってんの!? 赤司っちもわざわざそんなとこ行かなくてもいいのにさぁ!!」
「なんだ、元気じゃねぇか」

 話を振れば、緑間に対する怒りを思い出してか俄然熱り立つ黄瀬に半ば呆れながらそう言うと。

「元気じゃねぇっスよぉ! 今日は運良く邪魔する子もいなかったから、久々に勝って赤司っちを独り占めできると思ったのにー!!」

 わーん!、と廊下に座り込んでさめざめと泣く黄瀬を青峰はしょうがねぇなと頭を掻いて、そういや最近まったく勝ち星をあげていなかったなと思い出す。最近は黒子と紫原が勝ったように記憶してるし、その前辺りは自分と緑間が勝っていただろうか。
 黄瀬はこういうことに参加すると、黄瀬が黄瀬である所以か、女生徒に邪魔されることが偶にある。…いや、結構、ある。だから正直、五人が勝率を均しているかと言えばはっきりそうと言えない状況にあって、約束が行使されているとは言い難い。
 それを知るだろうに、と青峰は溜息を吐く。緑間あいつも空気読めってんだ。

「まぁ、メガネは後でシメるとして、今は赤司を助けに行こーぜ」

 紫原から連絡が来たということは、そう言うことだろう。普通、わざわざ誰それが勝ったという連絡は来ない。来ても赤司からゲームの終了を告げられるだけのはずだ。それが今日は来て、且つ通達者は紫原。最も動かない男が動いたのだとすれば、それは赤司のことを最優先に考えた結果なのだろう。
 とは言っても、それで動くかどうかは通達を受けた者の感情に委ねられているあたり、自分達は自分達の欲望に従順だ。事実、紫原は情報を流すだけ流して動いていない。鬼ごっこを提案した黒子も今回は静観しているだろうし、青峰も勝者が決まればゲームに対する興味は遥か彼方。黄瀬に連絡したのは正解だと紫原の着眼点を内心で賞賛する。負け越して鬱憤の溜まっている黄瀬ならば普段がどうあれ今回は緑間の邪魔をしに行かないわけがない。
 はっ―――笑ってしまう。連絡を寄越した紫原だって、本当は緑間と同じことをしているくせに。

「ほんと、偶に俺等に付き合ってる赤司を褒めてやりたくなるぜ」

 小さく言って、ほら、と座ったままの黄瀬に手を伸ばす。すんと鼻を鳴らし、黄瀬は少しの後、素直に手を重ねた。勢い良く引っ張りあげて。

「行くのか、行かねーのか」

 問えば。

「行くに決まってるっス!!」

 涙を拭って男らしく言い切った。よし、と頷いて青峰と黄瀬は体育館を目指す。風を切る。廊下は走るなと書かれた紙の横を全力で駆け抜ける。疾走する。その中で。

「早く助けてあげないと。待っててね、赤司っち!」
「あいつは姫か」
「緑間っちはシツコイっスからねぇ」
「誰情報?」
「赤司っち」
「あそ」

 そんな会話を重ねながら、ふと青峰は聞いた。今なら、聞ける気がして。

「おめーは、赤司のどこが好きなんだよ」

 それに、黄瀬はいきなりなんスかと言って笑った。困ったように笑った。照れたように笑った。ふ、と小さく笑って。

「絶対、手が届かないところ」

 と言った。心に、とは、寂しくて言えなかったけれど。





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