西と言ったら東と悟れ




 キーンコーンカーンコーン…ウェストミンスターの鐘が鳴る。瞬間、それぞれのクラスで焦るように立ち上がった者若干名。挨拶もそこそこに、廊下に飛び出る。青、黄、黒、紫が一斉に一つのクラスに辿り着き、

「赤司は!?」

 と尋ねる頃。

「逃げてるに決まってるだろ」

 赤司は悠々と校内を歩いていた。昼休みになった途端、青峰達が自分のクラスに急襲をかけることなど予想の範疇で、だから赤司は四限目の途中で気分が悪いと抜けだした。保健室に行くとは敢えて言わなかったが、クラスメイトはそう伝えるに違いない。それを真に受ける者と疑う者、さぁどんな風に別れるだろう。
 赤司は微かに笑みを浮かべながら体育を終えた生徒と入れ違いに体育館へと入っていく。中にはバスケ部主将である赤司のプレーが間近で見られるのかと立ち止まる生徒もいて、赤司は咄嗟に「バスケ部のミーティングで体育館を使用する」と教師に偽り、生徒の追い出しにかかった。
 取り敢えず逃げてみたものの隠れる気はなく、だが捕まらなければ明日もこの茶番に付き合わねばならない。わざわざ目に付く体育館に足を運び、且つ生徒達を教室に帰るよう仕向けたのは、それを考えた上での保険だ。赤司の姿を見た生徒達の何人かは赤司の名を会話に混じらせながら廊下を歩くだろうし、そうすれば校内を虱潰しに探している彼等と偶然鉢合わせすることもあるかもしれない。
 明日になれば仮病も嘘も使えないから、ぜひ今日中に捕まえてほしいものだ、と赤司は思いながら舞台に腰掛けるとゆったりと昼ごはんを食べ始めた。そうして昼食を終え、のんびり棋譜が収められた本を眺めていた頃。

  ガチャリ

 扉の開く音に、赤司は顔を上げる。やっと来たかと時計を見れば昼休みが終わる十五分前。遅くもないが早くもないな、とシビアに評価して前を向くと。

「……緑間?」

 思い描かなかった人物の登場に、赤司は虚を突かれて目を見開く。緑間は面白くなさそうな顔で近づき赤司の前で止まると。

「まったく、俺まで駆りだされたのだよ」

 緑間は言いながら携帯の画面を赤司に見せた。そこには。

『おいメガネ、赤司見なかったか?』
『みどちん、赤ちん知らない?』
『赤司っち見つけるの手伝ってほしいっス!』
『緑間君、赤司君がいる所を占ってください』

 などなど。

「俺は情報屋でもなければ便利屋でもないし、人探しのプロフェッショナルでも、ましてや占い師でもないのだよ」

 それでも見つけた緑間に対しこの四人は…、と赤司は溜息を吐き、ふとあることに思い至って緑間を凝視する。

「まさかお前も参加しているってことは…」
「くだらん」

 赤司の疑問を躊躇いなく一刀両断した緑間に、お前らしいと赤司は笑う。それに眼鏡のブリッジを上げることで返した緑間は。

「そろそろあいつらに姿を見せてやれ。まだ昼食さえとっていないだろうからな」
「あぁ、それは困るな。ちゃんと栄養は摂取してもらわないと」

 頷いて舞台から飛び降りようとする赤司に緑間が手を差し出した。その流れるような動作に赤司は苦笑して、けれど厭わず手を重ねた。その瞬間。

「…お前は俺に対して無防備過ぎなのだよ」

 そんな言葉とともに突然手を引かれる。落ちる―――一瞬の浮遊感に心臓がどくりと音を立てた。恐怖と焦りがじわりと背を這い上がり、赤司は必然的に腕を伸ばし緑間に縋っていた。
 けれど予想した衝撃はやってこず、何故かと思えば緑間がしっかり赤司の躰を受け止めていたからで。そして。

「―――…ッ」

 抗議を言えないのは、優しく唇を塞がれているから。

「…俺も一応、気を揉んだ一人だからな」

 口付けを終えて開口一番にそう言った緑間は飄々としていて、唖然とする赤司とはひどく対照的。己の腕の中で見るそんな赤司に緑間は楽しげに微笑んで。

「してほしいことは、この体育館でのことを口外しない、で手を打とう」

 下手すると青峰達に殺されかねんからな、と言う緑間に、赤司はやっと自我を取り戻して。

「…ちょ、っと、いいか?」
「何だ?」
「お前、参加してないんじゃ…」

 と言いかけて、赤司は聞く前に返される答えを知った。緑間はそれを知るだろうに、意地悪く口を開く。

「くだらないとは言ったが、参加していないとは言ってない」
「……それは詭弁と言うものだよ、緑間」

 思った通りの答えに脱力する。まったくいい性格をしていると、思わずそう零した赤司に。

「お前ほどではないさ」

 緑間も負けず返した。それは青峰達が到着する、凡そ数分前のこと。





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