飛んで火に入る夏の虫




 パスが通る。ボールは真っ直ぐ飛んできて手に収まる。何度も触れて馴染んだボールの感触。愛おしむ間もなく、それをゴールへ放る。弧を描く。その時はどんな音も鼓膜を揺らさない。ネットを潜る音だけを拾おうとする。静寂の中で、他の音を捨てて、その音だけを。―――なのに。

「もらいっ」

 無邪気で勝気な声がそれを阻む。青。青。青。夏の暴力的な陽射しの背後に君臨する、眩しすぎるほどの、青。夏に愛されたような肌を持つ彼が、反対側のゴールへと駆けていく。眩しい。目が眩んで、足が動かない。くらり。くら、り。

「っしゃあ!」

 ネットを通ったのだろう。誰も彼からボールを奪えなかったのだろう。嬉しそうな声。陽炎の向こう側から聞こえるよう。遠い。遠い。潮騒のように、ただ。

「…やっぱ、敵わねぇっス」

 ほろりと笑む。笑うしかない。自分は彼に届かない。今はまだと、強がることもできないまま。

「――…ッ」

 唇を噛む。それでも。

「黄瀬、次は1on1やろーぜ!」
「…っス! 今度は負けないっスよー!」

 駆ける。前へ。青の方向へ。笑って、噛み殺した悔しさを足を動かす力にして。

「次負けるのは青峰っちっス!」

 太陽の彼は、そんないつかを、夢見ながら。





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