⑥YES or NO:デッド・オア・アライブ




 それまで、「いいよ」と言ったことはあっても、「駄目」と言うことはまったくなかった。そう、みんながみんな愕然とした、驚異の「いいよ」達成率十割だ。だがそれの何が悪いというのか。

「…だって、別に駄目って言うことないだろう?」

 それが赤司の持論で、疑問を持ったこともない。しかしその言い分は到底理解できないとみんなに、特に青峰や黄瀬、仕舞いには黒子にまで指摘された。

「いやいやいや、そりゃねぇよ赤司!」
「そうっスよ! そこにはロマンがあるんス!」
「ロマンかどうかは知りませんが、まったくと言うのはあまりにも夢がなさすぎです」

 …何故責められるのか。赤司は納得できないと目を眇めて三人を見た。ついでに話を聞いてるだけの二人も睨めつける。とばっちりだと緑間も紫原も大きな躰を小さく丸めた。

「何の意味がある? それでなくても光樹の方がより負担を強いられてるのに」

 光樹。赤司の恋人で、普段は互いが東京と京都にいるために会うのは週末か連休のみという、現在進行形で遠距離恋愛を育んでいた。となると、浮気をしていない限り溜まりに溜まった若い彼等のパッションは確実にその会った日の夜に解消されることになる。つまり今彼等が話している内容は、”そういう”話であった。

「や、まぁ確かにそうだけどさぁ」
「んー…男同士の場合って、やっぱ女の子役が辛いんスね…」
「降旗君を大事にしている赤司君でさえそう言うのなら、相当なんでしょう」

 と一瞬赤司に同意するような言葉を吐いておきながら、「でも!」と三人の声が揃う。

「それでも考えねぇ!? 「イキたい」っつってる恋人に「駄目」って言ってちょっと焦らしてみたらどんな反応すんのかとか!」

 それが今回の話題の中心で、赤司と降旗の床事情の片鱗を興味本位で聞いた青峰達がその内容に異を唱えた部分であったのだが。

「考えない」

 切れ味鋭い刃物のような返しに青峰が撃沈し、ならばと黄瀬と黒子が応戦する。

「涙目で熱に流されそうになるのを一生懸命堪える様子、見てみたくないんスか!?」
「いつも見てる」
「降旗君が羞恥に震えながら赤司君に縋る姿を脳内アルバムに記録したいとか思うでしょう?」
「それもいつものことだからな」

 全てにさらりと返すと、三人は唖然と赤司を見た。

「…なんだ」
「おまっ…え? まったく焦らしプレイなしでいつもそんな感じなわけ?」
「あぁ、まぁ」
「どんだけ降旗っち弱いの!? てか赤司っちが絶倫なだけなの!? 分かんねー!」
「はぁ?」
「ちょっと下世話なこと聞いてすみませんが、いつも全体的にはどんな流れなんですか?」
「いつも…」

 まったくなんでこんな話を、と思ったが、もうここまで話が進んでしまえばどうとでもなれと、半ば諦めに背を押されて赤司は一つ溜息を吐くと訥々と語り始めた。

「光樹が弱いところを触って、枕かぬいぐるみを口元に当てて声を押し殺し始めたら頃合いだから、我慢しないでいいよって言ってあげて、大抵はそれでお仕舞い」

 何か問題でも?、と赤司が五人を見るが、五人もまた全員が言葉をなくして赤司を見ていた。若干顔が強張っている風にも見えると首を傾げれば、最初に硬直から復帰した紫原がそろりと手を上げて言う。紫原にしては慎重に言葉を選ぶような様子を見せた。それで何を言うのかと思いきや。

「えと…赤ちんはそれでいいの?」

 そんなことを言うから、赤司は躊躇いもなく頷いて。

「僕は光樹が気持ちよければそれでいい。基本的に無理強いはしないし、焦らして泣かせてみたいとも思わない。素直に感じてる光樹が、一番可愛いしね」

 にこりと笑えば、「まいった!」と、青峰達が両手を上げた。






 そんなことがあった後のある日。その日はほんの少し赤司の機嫌が悪かった。理由は赤司の手の中にある携帯の写真。黒子から送られてきた、傍目からはどうしたってイチャついている風にしか見えない火神と降旗のじゃれあいのワンショットだ。
 話には聞いていたし、火神と降旗はそんな関係にない、ただの友人同士の触れ合いスキンシップなのだと分かっていても、実際に写真で見ると赤司にとってはあまり面白いものではなかった。厳密に言えば自分は遠距離で滅多に触れないのに安々と降旗に触れた火神に嫉妬していたのだけれど。気持ちとは裏腹に、赤司の苛立ちは眼の前にいる降旗に向けられた。

「言い訳は聞かないから」

 冷たく言って、写真を突きつけられて青褪める降旗を押し倒す。怒りのあまり酷いことでもされるんじゃ、と怯えていた降旗は、けれど至って普段と変わらない行為の流れに内心でほっと安堵の息を吐いていたのだが。

「―――なん、で…っ」

 とうとう耐え切れず、嬌声を殺していた枕を口元から退けて降旗は赤司を責めるようにそう言った。熱に浮かされているだけとは言えないほどの涙が目尻から零れ、ほぼ泣きじゃくるような様になっている。それもそうか、と赤司は溢れる涙を舐めて冷静に思う。いつもなら既に一度達しているはずの頃合いだと言うのに、今回はそれを許してない。それどころか達しないように塞き止めてさえいた。
 やだ、と常にないことに首を振り、限界を超えて溜まっていくばかりの快楽を逃がそうと腰を震わせる降旗を見下ろしながら、赤司は意地悪く聞く。

「イキたい?」
「んっ…」

 即座に返されたとても素直な頷きに、普段なら「いいよ」と優しく言ってあげるのだけど。

「駄目」

 にこりと甘やかに笑んで赤司は断罪の言葉を口にする。確かにあの日の会話を思い出したのもあったけれど、もっと的確に言うなれば、そう―――その日の赤司はほんの少し機嫌が悪かったのだ。

「も、ヤ…」

 次第に弱々しく吐かれる言葉に嗚咽が混じり、喉がひくりと泣き出す前のような音を立てる。どけて、と言いたげに塞き止める手に爪を立てるも、聞いてはやらない。その痛みにお仕置きと逆に首筋に遠慮無く歯を立てた。震えたのは、痛みか、それとも。思わず喉元で笑えば、降旗が抗議するようにまた爪に力を入れた。まったく、可愛くないことで。仕返しにいつもは絶対につけないキスマークとやらを絶妙な位置に幾つも拵えてやった。髪が短い降旗ではどう頑張っても制服で隠すことはできない上に、今の薄着の季節ではそんな手立てもないだろう。絆創膏というベタな手があるが、それも複数となれば目立つことこの上ない。
 涙目になりながらも何をするんだと睨む降旗に、赤司はトドメとばかりにもう一つ花を散らす。その出来映えに満足気に笑った赤司を見て、降旗は「ばか」と掠れた声で罵倒した。

「火神、とは、っ、別になんでも、ん、ない、のに…ッ」
「知ってるよ」
「じゃあ…!」

 と言葉を繋げようとする降旗を、赤司はつと産毛を撫でる絶妙な手付きで降旗の首から鎖骨にかけて指を這わせることで黙らせる。その粟立つ感覚を降旗が嫌っていることを知りながらの暴挙だった。辛うじて唇を噛み締めて声と背筋を走った痺れを飼い殺した降旗の、荒い息と睨み上げる目の端に浮かぶ涙にしてやったりと微笑して赤司は一度口付けた。そして言い聞かせるように問う。

「ねぇ、光樹。想像してごらんよ。あの写真の被写体を僕と誰か、例えばテツヤに変換してみて」
「…っ…」
「嫌な感じ、しない?」

 降旗は言われるまま素直に想像し、そして赤司の言う通り嫌な感じがしたのだろう。眉間に皺を寄せたかと思うと、しばらくしてくと喉を鳴らしてぽろぽろと泣き始めた。爪を立てていた手から力を抜き、今度は縋るように赤司の手を握る。それだけでは足りなかったのか、もう片方の手で赤司の頭を手繰り寄せると、肩口に顔を埋めて雛が親鳥にするように擦り寄った。
 涙と熱が赤司に移る。震えが直に伝わって、噛み殺した泣き声が嬌声に似て耳朶を揺すり、赤司の荒れた心を子守唄の要領で宥めていく。さっきのような意地悪な笑みではなく、やっと元の、穏やかな微笑が赤司の口端を彩った。

「嫌だろ? それが、別に何でもなくても」
「…や、ぁ…」

 ひくひくと震える喉から出された幼い口調の小さな声に、また口元が緩む。だったら、と降旗の耳にキスをして。

「今度からは僕のことも考えるように」

 願うように呟けば、ごめんなさいと、これまた素直な返事が寄越される。よっぽど普段のように何も考えず悦楽に身を委ねればいい状態でなかったのがキツかったようだと苦笑した。そう仕込んだのは自分だし、そうあるようにと扱ってきたのも事実だ。青峰はそれはただの奉仕だと呆れたように言い、黄瀬は両方気持ちよくってなんぼじゃないかと首を傾げて、黒子はもっと自分本位でもいいと思うと助言をくれたけれど。
 赤司はこの関係に不満を持ったことはない。自分は降旗が好きで、降旗の快楽が自分の快楽に直結していると言い切れる。降旗以外にこの気持ちを引き出すことはできないし、そんな可能性は微塵もない。世界に一心同体の片割れがいるとすれば、それはきっと降旗のことだ。だから赤司は降旗をとことんまで甘やかすし、それが当然だと思っている。だからこそ。

「イキたい? 光樹」
「…ぅん…っ」

 赤司はいつだって強請る恋人に微笑むのだ。

「いいよ」

 許しの言葉を囁きながら。





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