④my pleasure:独り善がり




 寄せては返す波のよう。じんじんとしたその感覚は、降旗の神経を強く刺激したかと思えばじわりと滲むように散っていく。あぁ、どうせなら一思いにそれに飲み込まれれば楽だろうに。そう思いながら、けれどそうさせまいとしているのは、他ならぬ自分で。

「…今日はどうしたの」

 やけに頑張るね、と、赤司が降旗の顔を覗き込む。潤む視界の中、最初の出会いから少々伸びた髪がオッドアイにかかりそう。気づいて、降旗は汗で肌に張り付く髪を梳いた。くすぐったげに肩を竦めた赤司を見て、小さく笑う。

「子ども、みてぇ…」
「…それを言うなら、痩せ我慢する君もまるで子どものようだよ」

 掠れた声に、赤司らしい厳しい返しがくる。それにさえ降旗は微笑みを隠せない。どうやら少々、熱に舞い上がっているらしい。

「あー…お前、まだ、余裕ある…?」
「可愛い君を前にして、余裕でいられるわけないだろう」

 その言葉に、あぁこんな戯言を真顔で言えるくらいまだまだ余裕なんだろう、と降旗は一つ息を吐く。まったくどうして、こうも自分は熱に弱いのか。寧ろこいつが強すぎるのだろうか。有り得そうだ、と笑みを含みながら赤司の首に腕を回して引き寄せて、一つ軽いキスをする。それは触れるだけの、幼い口付け。

「…本当にどうしたの」

 いつもはされるばっかりの降旗からのキスは、赤司が虐めるようにして強請らねば得られないものであったはず。しかも今日は飛びそうな意識を敢えて繋ぎ止めている素振りさえ見せて、まるで降旗らしからぬ行動ばかりだ。問われた降旗も自覚はあるらしい。なんだか困った顔で笑った。

「ん…、なんか…いっつも俺ばっか、よくしてもらって、…んで、直ぐ寝ちゃうから…」

 寝る、と言うか意識が飛んで第二ラウンドに突入しているのが真実なのだが―――言うまい、と赤司はそろりと視線を逸らしながら固く誓った。本人がそう思っているならそれが幸せと言うものだ。

「だから、今日は頑張って、る…最後まで、ちゃんとしたいな、って…」

 お前と、と言ってふにゃりと笑ったのは無自覚なのだろう。とても柔らかな笑みで、幼い顔。いつも切羽詰まったような顔をする降旗にしてみれば珍しく、それだけに愛しい。赤司は優しく微笑むと、降旗の額に親愛のキスをした。

「君がいいなら、僕にはそれが心地いい。それは我慢することじゃないし、素直が一番だ」
「…じゃあ、…俺達は、いつもの感じが、一番いいって、こと…?」

 あどけない顔でぱちりと瞬けば、潤んだ瞳から涙が溢れる。それを唇で掬って、赤司はそうだねと頷いた。

「相性がいいんだろう」

 刺激に弱い降旗と、そんな降旗を見るのが好きな赤司と。そっか、と言う降旗は分かってるのか分かってないのか、ただ嬉しそうに微笑んでいる。溶けるような微笑みに、そろそろ本当に余裕がないな、と赤司は些かも顔色を変えないで思う。久々に快楽に流されず耐える表情の降旗を見て、且つ常に泣いているか枕に顔を押し付けている降旗の行為の最中の笑顔も見れた。
 今日はいい日だ。どんな降旗も可愛いが、今日は一段と素直で可愛い。これはもう、―――精一杯愛でるしかない。降旗のあずかり知らぬところで、そんな裁定が下された。

「でも勿論、君の気持ちは嬉しいよ」

 だから、と赤司はにっこり笑う。あれ?、と不明瞭な視界にも関わらず降旗は何かに勘づいた。その笑顔はどうもさっきまでの優しい愛情の篭った笑み、と言うよりも。

「今日は最後まで付き合ってもらおうかな」

 欲に塗れた小悪魔の――…。

「え…、ッ、んっ、ちょ、あか、し…!」
「言ったことは守らなきゃ」
「んゃ…ッ」
「破ったらお仕置きね」
「ひぁ、…ばかッ…ぅんっ」

 今の赤司にしてみれば、ただ可愛い悲鳴と照れ隠しの罵倒にしか聞こえない。都合のいい耳をしているな!、と降旗が知れば怒るだろうが、今そんな余裕があるはずもなく、翌日になって降旗は。

「もうお前に気ぃ使わない!」

 と涙目で言ったとかなんとか。





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