②our first game:初体験

注:キセキ×赤・モブ×降前提のお話。飛ばしても問題ありません。



 初夜、と言っていいほど、その夜は甘美なものではなかった。多大な負担を受けた降旗は痛みと何かを耐えるようにベッドで布団を頭から被って丸くなっているし、その隣に横たわる赤司も、些か機嫌がよろしいとは言えない状態だった。二人同時に溜息を吐く。

「……光樹」
「…ん」
「初めてじゃないね」
「……お前もな」

 くぐもった声に赤司が布団を剥ぐ。降旗は涙を目に溜めて赤司を見上げた。

「…痛い?」
「……分かんだろ」

 降旗の目が、経験者なら、と言っている。痛みを堪えているだけでなく赤司を責めているようにも見えて、赤司は少しだけ優しくしてあげることにした。

「経験したという程のことじゃないさ。手解きは受けたけどね」
「……聞きたくないけど敢えて聞こう。誰に?」
「君もよく知る、黒子達に」
「………え、お前等そういう関係だったの?」

 降旗の視線が目に見えて冷えていく。あぁ引かれてるな、と赤司は感じながら、にべもなく「いいや」と否定した。

「恋人ではなかったよ。厳密に関係性を答えるならば、という注釈はつくけど」
「その時点でなんだかなぁ…」
「まぁ多感なお年頃というやつだ。中学でもっとも密接に関わったのは彼等だったし、健全な男子中学生らしく、自然そういう話にもなるし、そういうことにもなる。僕は彼等から知識を得たと言ってもいい。変に詳しかったしね」
「…青峰だろ」
「涼太…黄瀬もね」
「あのモデル顔…いや、モデルか」
「一応そうだよ」

 黄瀬のフォーローをしつつ、しかし、と続けた。

「何故か僕に対しては対女性ではなく、対男性で語られることが多かった。しかもほとんどが「こう来たらこう対処する」というような自衛方法だったな」
「あー…」

 あいつらお前可愛がってるもんな、でも自分等で手を出すのはいいんかい、とかなんとか、降旗はブツブツ呟いている。

「まぁそんなわけで僕がこういったことで困ることはない。経験は少なくともそれをカバーできる知識があるし、大輝達から伝授されたことで光樹を気持よくさせられるし」
「はぁ…」

 赤司がにこりと笑いかければ、降旗は困ったように眉尻を下げた。

「というか、僕の話はいい」
「……」

 笑ったまま、何が言いたいか分かるよね?、と赤司が降旗の顔を覗き込む。降旗は少し視線を逸らしたが口篭ったり気まずい感じでもなく、言いたくないわけではないらしい。

「言わないでいいなら、それが一番よかったんだけど…」

 と前置いて。

「ずっと仲いい先輩がいてさ、まぁ可愛がってもらってたわけ。んで、その先輩が中学卒業するってんで、仲いいメンバーでお別れ会したんだ。そん時に高校は地元離れて遠いとこ行くって聞いちゃって寂しかったし、哀しくてさ、頑張って気分盛り上げたら妙にハイテンションになっちゃって。酒飲んでないのに酔っ払ったみたいになって、そんでお別れ会がお開きんなった後、その先輩と帰り道が同じだからって歩いてたら、俺、泣きだしちゃってさ」

 感極まる、という表現がぴたりとあう。寂しくて、でもそんな顔を見せるわけにはいかなくて。第一その役割は男の自分ではなく女の子がするべきだという自尊もあった。けれど哀しいことには変わりない。そんなあべこべな気持ちが、降旗の瞳から涙を溢れさせた。

「先輩はちょっと驚いて、で、俺にキスしてくれた。すげぇ優しいキスだった」

 それまでにその先輩に告白されたことはないし、そんな雰囲気もなかった。けれど。

「ずっと好きだったんだって、言ってくれて、さ」
「…で、そのまま?」
「うん。なんか、流れで」

 そう言ってしまえば、なんだか自分は軽い男だけど。

「光樹はその人のこと、好きだったの?」
「…今じゃそういう意味で好きだったのかは分からない。雰囲気に酔っていただけかもしれない。あの人の気持ちに流されただけなのかも」

 でも、それでも。

「あの時は確かに、俺はあの人が好きだった」

 優しい人だった。明るくて闊達で、降旗が尊敬にも似た気持ちで見ていた人。目を閉じれば、いつでもあの夜の光景は思い出せる。あのキスも、あの柔らかな雰囲気も。

「短い付き合いだったけどな。その夜から引っ越すまでの、数週間程度の恋人だった」
「今会ったら、どうする?」

 正答のない問い。赤司が自分らしくないと自己嫌悪する中、降旗は悩みもしなかった。

「どうもしない。笑って、挨拶して、それで終わりだ」

 あまりのはっきりした答えに面食らって、それでも赤司は一瞬後には笑っていた。君の言いたいことが分かったよと、誇るように。

「僕がいるから?」
「そ。お前がいるから」

 二人とも器用にできていない。誰かが好きな状態でまた別の誰かを好きになる余裕もない。互いが互いで精一杯。精一杯、好きなのだ。
 それを再確認して、二人はどちらともなく抱き合った。猫がじゃれ合うようにごろごろとして、ふと降旗が赤司の腕の中から顔を出す。

「てゆーか、さっき言い忘れてて前から思ってたことだけどさ」
「うん」
「お前等気持ち悪い」
「…そう?」
「うん」
「でも今は光樹だけだよ?」
「…そうじゃなかったらとっくに別れてるよ」
「……僕、愛されてる?」
「はっ」

 光樹が笑った。

「気付くのおせーよ」

 その気持ちは、あの人にもあげなかったものなのだから。





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