(二)




 店から十五分ほど歩いた所に、そのマンションはあった。黄瀬の持つ鍵でエントランスから中に入った七人は、ソファやローテーブル、植木が置いてあるエントランスホールを興味六割、義理三割、無関心一割の割合で見渡した。休日で昼時だからか、幸い誰もいない。

「思ったよりちゃんとしてんじゃねぇか」
「青峰っちはどんなマンション想像してたんスか…」
「そうですね。小綺麗で華美でなく、落ち着いた雰囲気で。僕、好きですよ」
「でしょー? 黒子っちが気に入ってくれて、嬉しいっス!」
「まぁ僕が住むわけじゃありませんから、僕の感想なんていらないでしょうけど」
「うわぁん、そんなことないっスよーっ」

 とエントランスホールで騒ぎ始めた黄瀬を後ろから赤司が小突いて、早く部屋に案内しろとせっつく。黄瀬はちょっと待ってと言って、郵便受けを覗きこみ、ダイレクトメールの束を引っこ抜くとそのまま備え付けのゴミ箱に捨てた。

「おい、ちゃんと破くかシュレッダーにかけて破棄しないと、後々面倒だぞ」

 と忠告する緑間に、黄瀬はいーのいーのと手をひらひらと振る。

「どうせ名前は俺のじゃないし、シュレッダーなんて部屋にないし。むしろ破る方が面倒っスよ」

 しかし…と不満気な顔をする緑間を置いて、「部屋はこっちのエレベーターから行くんスよー」とすたすたと歩いていく。

「…ここで問題が起きるとすれば、原因は黄瀬だな」

 赤司は緑間の肩をぽんと叩いてそう言い、緑間は同意するように溜息を吐いた。

「部屋は十三階にあって、このボタンを押すと、勝手にこの階に行ってくれるっス」
「へー…押すだけで?」
「そう。便利でしょ」
「うん。すごい」

 エレベーター内ではそんなやり取りがあり、コウキは好奇心に目を光らせていた。自分も毎日が世界を紐解いていくような新鮮さに包まれていた幼児期には、もしかしてこんな顔をしていたのだろうか。そんな自分を想像できないまま、赤司はふと思って微かに笑った。
 それから少し遅れて、チン、と到着の音が鳴る。パネルに一番近かった赤司は開ボタンを押し続けてみんなが降りるまで待つ。コウキはそれを見て、「何をしてるの?」と言うように不思議そうな顔をした。そうか、こういうことも教えていかなくてはいけないのかと、赤司は頭の片隅で思う。また後で教えるからと今は部屋へと促せば、コウキは素直にこくりと頷いて黄瀬の背中を足早に追っていった。その後ろ姿を見ながら、隣で歩く黒子が苦笑を浮かべて赤司を見た。

「これは、思ったより大変ですね」
「…コウキを見ていると、一般的に当たり前とされることがいつ俺の中で当たり前になったのか、時々分からなくなるよ」
「真似るが学ぶの語源であるというのが、僕の中で中々に説得力のある一説になりつつあります」
「俺もだ」

 そう言い合う二人が部屋の前に辿り着くのを待って、黄瀬は「ジャーン!」とドアを開けた。

「ここが俺の部屋っスよん♪」

 用途が寝るだけだからか、広さはごくごく一般的なのに物が少ないため、感覚としては広く感じる。リビングにはテレビとソファ、キッチンに200Lサイズの冷蔵庫。食器棚はなく、本棚なども見当たらない。寝室として使っている部屋にはベッドだけで、もう一つの部屋には言葉通り何もない。

「…本当に寝るだけの部屋だな」

 緑間が見渡してある種感心した声を出す。黒子や紫原も想像以上だったのか、ぽかんとしていた。

「テレビとソファがあんのが奇跡だよな」

 デッキねぇけど、と言いつつ青峰はソファにどかりと座ってテレビを点けた。しかし見たい番組がなかったようで、チャンネルを一巡したところで早々に消す。
 赤司は冷蔵庫を開けて箱買いしたのであろう一ダース分のミネラルウォーターと数種類のジャムしか入っていないことを確認してそっとこめかみを押さえた。ジャムをつけるパンがないのは日持ちしないということから分かるが、それにしても何もなさすぎる。
 まぁ追々買っていけばいいか、と内心で結論を出し、それぞれ所在なく立っている五人と一人座っている青峰を振り返った。

「取り敢えず、それぞれ持ってきたものを片付けていこうか」

 その一声に、「おー」とまた良い子の返事。対してコウキは何が始まるのだろうと、はてなマークを飛ばしてみんなの行動を注視する。がさがさと各々が持っていた紙袋を漁るのを見て、そう言えばなんでそんな大荷物なんだろうと思ってたんだと眺めるうちに、紙袋から様々なものが取り出される。コウキは後から後から出てくる物に目を見開いて驚いた。

「こんないっぱい、どうしたの?」
「これはコウキ君がここで暮らすために必要かな、とみんなで考えたものを、それぞれ役割分担して持ち寄ったんですよ」

 とは言っても全部僕達のお下がりなのが申し訳ないんですけど、と言う黒子が取り出したのはカラフルな雪輪が描かれた食器類。

「僕が食器担当で、紫原君が」
「お菓子ー。いっぱい持ってきたから食べてね」
「俺と青峰っちは服担当っス!」
「一応今じゃ着れねぇサイズのもん持ってきたから、お前でも着られると思うぜ」
「俺は本と、ついでに何冊か教科書も入れておいた」
「堅っ苦しいなぁ。漫画持ってこいよ、漫画」
「持ってない」

 マジかよと言う青峰を無視して、黒子がどうです?、と言うようにコウキに目配せする。それを受けて、コウキは辺りを見渡した。驚くほど物がなく、色もなかった部屋は今や色々な物が溢れて賑やかだ。二度目の目覚めで彼等に会った時のような鮮やかさ。ほんの少し目に煩くて、でも何故か、安堵する。

(…雪の白さが好き。汚されるのは辛い。他の色が混じるのは忍びない。それでも)

 夏空が好きだ。君臨する太陽も。鈴虫の鳴く青々とした叢も好ましいし、夕焼けの茜から紺にかけての不可思議な空も美しい。漆黒の夜は星の煌めきを際立たせる立役者。世界は色で溢れていて、時折心の琴線に触れる。

(今もきっと、そう)

 優しい。見える以上に、感じる彼等の心が何よりも。自分がその優渥ゆうあくを向けられるに足る存在かは、甚はなはだ疑問だけれど。

「嬉しい。…ほんと、ありがとう」

 ほろりと零された笑顔に、見ていた彼等の顔にも笑顔が浮かぶ。

「そう言ってもらえたら、こっちも嬉しいっス」
「気に入ったんならよかったぜ」
「お店で吟味した甲斐がありました」
「…黒子、語るに落ちてるのだよ」
「あれ、そー言えば赤ちんは何持ってきたの?」

 ふと紫原が突っ立ったままの赤司を見る。そう言えば赤司の担当はなんだったかとみんなが頭を捻った。足元には五人と同じように紙袋が置いてあるのだから、何かは持ってきたようだが。

「…あぁ、俺は」

 と、赤司が紙袋から出したのは、葵唐草の地に鯉が泳ぐ姿が粋な和座布団。色の落ち着きや端々に綻びがある、どこか年季の入ったものだった。

「へぇ。なんか立派っス」
「俺んちの座布団となんか違う」
「赤司君らしい座布団ですね」
「あ、なんか分かる、それ」
「確かにな」

 そう黄瀬達が会話する脇で。

「…それって…」

 コウキがさっきまでの笑顔を捨てて呆然とした顔で座布団を見ていた。とた、と頼りなく赤司に近づき、差し出された座布団を手に取る。どうしたんだと五人が黙って見守る中、コウキはそれを凝視して、抱き寄せて、また赤司を見た。赤司の目が、優しい。その瞳に押されるように、声が出た。

「……セイ、の…?」

 それに、あぁ、と赤司は頷いた。

「お祖父様の家が取り壊されることになった時、俺の家に引き取られたものだ」

 普段は和室にあって、だからコウキが目にすることはなかった。赤司も和室に立ち入らなくなって久しい。今回持ち寄ることにならなければ、この座布団のことは記憶の奥底に沈んだままでいただろう。

「俺の家にあっても誰も使わない。だからコウキが使ってくれ」

 赤司の言葉にコウキは座布団を抱き締めた。瞬間、ふわりと鼻を擽る藺草いぐさの香り。染み込んだ線香の匂い。懐かしい。庭の池を模して職人に描いてもらったと言ったセイの声すら蘇る。夏の正午。陽光に光る水面。時折姿を見せる錦鯉…――そういった池の様子を、写し取ってもらったのだと。

『コウキがここに来る時は、どうしたって見られない光景だからね』

 そう、笑って言ったセイ。思い出す。胸が痛い。じわりと、滲む。

「……ありがと…」

 コウキは座布団に顔を埋めて言った。微かに、泣き掠れた声だった。





 暁鐘の音が朝焼けに響く。それに誘われるように意識が浮上し、ぱちりと目を開ける。障子の向こうは朝なのに茜色。変なの、と笑い、そろりと褥を這い出て外に出ようとする。と。

『…コウキ』

 後ろから抱き寄せられて、適わない。普段しゃきっとしたセイのふわふわとした寝ぼけた声に破顔する。外に出るのは諦めて、大人しく布団の中にいることにした。
 んしょ、と体勢を変えてセイと向い合せになる。セイはまだ色違いの目を開けないで、閉じたまま。相応の年で大人びたセイが、この時ばかりは幼く見える。

『寒い?』

 囁くように聞くと、随分と遅れて返された言葉。

『…コウキがいなくなったら、寒い』

 それに、湯たんぽ代わりなの?、とにふぶに笑う。それでもいい。それで、セイが満足みたされるなら。言わないまま、思えば。

『コウキがいなくなったら…さみしい…』

 セイがそんなことを言う。きゅう、と胸が痛くなる。舌足らずの言葉が切なくて、一瞬抱く力の強められた腕が、侘しい。

『…いなくならないよ』

 セイの胸に縋る。額を摺り寄せる。そうして返す言葉が、震えた。心が震えたのと同じくらいに。けれど。

『おれは、ここにいるよ…』

 その感情を、一体何と呼ぶのだろう。





「水しかねぇ!」

 と喉の渇きを訴えた青峰が冷蔵庫を覗いてそう吠えた。「なんか炭酸買ってこい!」と申し渡された黄瀬は近くのコンビニに飛んでいき、待つ間、緑間が持ってきた教科書を床に広げた。バリエーションは豊かで、国語から数学、果ては保健体育まで揃っていた。

「お、保体の教科書見よーぜ」

 ニッと笑った青峰は直後赤司の前に撃沈し、黒子は気づかないふりでコウキと一緒に国語の教科書を覗きこむ。その間に紫原と緑間は、黄瀬と青峰が持ってきた服をクローゼットに押し込んでいく作業をしていた。気づいたコウキが手伝おうとすると、黒子がいいんですよと引き止める。

「今日くらい僕達がやります。どうせ明日からは嫌でもコウキ君が一人でやらなくちゃいけないんですからね」

 でも、とコウキが言ったところで、黄瀬が帰ってきた。

「お待ち!」
「おめーは寿司屋か」

 と鋭く突っ込む青峰を躱して袋の中からペットボトル飲料を取り出していく。紫原と緑間も手を止めてリビングへと集まった。

「あ、俺コーラほしー」
「僕は麦茶で」
「俺はなんでもいいのだよ」
「コウキは何にする? 俺は麦茶」
「おれは、この前飲んだやつがいいな」
「じゃあコーラっスね、はい」
「俺もコーラな」

 わいわいと以前の宴会の時のような雰囲気になる。違うのは、まだ時間が八つ時であることだった。しかし丁度いい時間だと、それまで手を付けられていなかったお菓子の入った紙袋が紫原の手で逆さにされ、様々なお菓子が床に雪崩れる。
 結局は前と同じになって、また、色で溢れかえる。不意にその内の一つを取ってコウキは凝と眺めた。その他と切り離されて一つになったそれは、哀しいほどの単色。色が色に混じれないのはそれだけで悲劇だ。まるで明日の自分を見るようで、既になんだか寂しい。

「コウちん?」

 紫原の呼びかけに、すっと顔を上げる。

「それ、開け方分かんない?」

 聞かれて、コウキは柔らかく微笑んだ。

「開けてもらっても、いい?」

 おっけー、と快諾して紫原がコウキから受け取った包みをそっと破く。手を出して、と言われて、コウキが言われた通りにすれば、ころん、と包みから転がり出る飴玉。透き通った赤が掌の上を行ったり来たりする。

「赤ちんの色だねー」

 あぁ確かに、とコウキは思って、そして困った顔をした。気づいた黄瀬が首を傾ぐ。

「あれ、食べないんスか?」
「う、ん…」
「もしかしてコウキ君、飴、知りませんか?」
「や、知ってる、けど…べっこう飴とかなら」
「べっこう飴…理科の実験で食べたことしかねぇ」
「俺もー」
「まぁ味は違うが、似たようなものだ。食べても大丈夫だぞ」

 そう勧める緑間に、コウキは尚も困った顔を崩さない。青峰が助け舟を出すつもりで口を挟む。

「別に赤司っぽいからっつって、血が入ってるわけじゃねぇんだぜ? だから食べてもぐぉッ!」
「アホなこと言うのはこの口か」
「ばっ、そこは頭、いてぇ!!」

 コウキは突然始まった立ち回りに驚いて、ぽろっと飴を落としそうになるのを慌てて受け止めた。だが周りはのほほんとして、気にした風もなく、止めようとする素振りも見せない。

「…青峰っちは相変わらず勇者っスねぇ」
「ただの馬鹿とも言うが」
「あ、コウキ君、気にしないでくださいね」
「そーそー。喧嘩してるわけじゃないから」
「…そう、なんだ」

 いつものこと、と流す四人にコウキはちょっと寂しさを覚えながら手元を見る。掌で転がる赤。半透明で綺麗な赤。勿体ない。食べてしまうのが。それでも口に含んだらどうなるだろうという疑問はあるけれど。

「…征十郎」
「ん?」

 ひと通り制裁を終えてまた隣に戻ってきた赤司に、コウキは口を開けてと頼んで。

「あげる」

 ころん、と飴玉を放り込む。含んだ赤司は怪訝にコウキを見た。

「…苺味だぞ」

 苺は好きだと言ってなかったか?と問う赤司に、コウキは木苺ねと言って小さく笑いかけた。

「ん、いいの」

 どんなものであれ。

「やっぱり、赤と言えば征十郎でしょ?」

(おれに、赤は壊せない)





 片付けや近くのスーパーへの買い出しで、いつの間にか時間は夜になっていた。今日も訓練だと、赤司とコウキが揃って台所に立つ。そうは言っても調味料も調理器具も満足にない状態でできるものなど限られている。その上七人揃って食べられるほどローテーブルの面積が広くなく、お菓子を食べた時と同様、床で食べることになった。結局パエリアだけを作り、後は買ってきたサラダ、惣菜、唐揚げが彼等の晩ご飯になった。

「頂きます」

 それぞれ手を合わせたり合わせなかったりして、夕食が始まる。時折争奪戦が起こるものの赤司が一睨みすれば静まるので、基本的に和やかなムードで時間は過ぎていった。そうして「ごちそうさま」まで辿り着いた時、そうそう、と黄瀬がコウキを見た。

「コウキっちに言っとかないといけないこと、あったんだ」
「言っとかないといけないこと?」

 何?、と反射的に背筋を伸ばして聞き返すと、そんな堅い話じゃないっスよと安心させるように黄瀬は笑って。

「これから、いつまでかは分かんないけど、ここがコウキっちの家になるっス」
「うん」
「で、多分コウキっち、この一週間、赤司っちから一人でも生活できるように特訓してもらってたんだと思うけど」
「うん」
「ほんとは、毎日ローテーションで誰かがコウキっちと過ごすことになってるんスよね」
「……ろーてーしょん、って?」
「かわりばんこってこと。だから今日は誰が帰ってくるかなーって、楽しみにしててね」

 そこで黄瀬の言う意味が全部分かったコウキは、ぱちりと大きく目を見開いた。

「…みんな、ここに来てくれるの?」

 その問いに。

「俺、前に言ったっスよね? 一緒に、暮らそって」

 黄瀬は目を細め、優しく柔らかく微笑んだ。

「そんなこと言いながら今はずっと同じ屋根の下っていうのはできなくて、寂しい思いをさせちゃうけど…でもみんなでコウキっちに笑って過ごしてもらえるように頑張るから」

 ね?、と一層笑みを深めた黄瀬に、コウキは「十分だよ」と微かに声を詰まらせて言った。

「毎日みんなに会えるだけで、おれは嬉しいよ」

 そう考えてくれただけで嬉しかった。きっとここに住むのだって、本当は色々とあったのだろうに。

(頑張んなきゃいけないのは、おれの方だ)

 料理を上手くなろう。洗濯も一人でできるようになる。テレビを見て、本も読んで、今の世界を知っていく。されるばっかりじゃ嫌だ。自分も何かできるように、してあげられるように、頑張ろう。

(だって、ここにいるって決めたんだから)

 そっと手を握って、笑顔を作る。

「おれ、晩ご飯作って、待ってるから」

 そうして言った言葉は自分を奮い立たせるためのもの。本当はまだまだだけど、こう言ったからには頑張るしかない。案の定「楽しみっス!」と黄瀬は言ってくれて、コウキはまた、頑張ろう、と思った。

「じゃあ土日とか、二三日続くお休みがあった時は、僕の家に泊まりに来てくださいね」
「あ、俺んとこにもー」
「今度の休みに近くのストバスのコート行ってバスケしよーぜ」
「俺もそれなら付き合えるのだよ」

 次々に出てくる休日のプランに、大忙しだね、と笑うコウキの隣で、赤司が突然パンと手を打ち鳴らした。ぴくりと肩を跳ねさせてそれぞれが静止し赤司を見る。赤司は呆れたように六人を見渡して。

「次の休日を語るのもいいが、今は目先の後片付けに移るぞ」

 そう言えば片付けてないままだったと、六人は赤司の指示の下、いそいそと床に放りっぱなしにしていた食器を流しに、ゴミはゴミ袋に詰めていく。

「食器、誰洗うー?」
「僕がやりましょうか」
「あ、おれ、やるよ?」
「じゃあ一緒にしましょうか」
「え? や、だってもうこんな時間だし、みんな帰らなきゃ…」

 壁時計を見れば八時を優に過ぎていて、いつもだったらコウキがそろそろ風呂に入っている時間帯。だからおれが、と言うコウキに。

「今日は全員ここに泊まるけど?」

 紫原がそう返す。え?、とびっくりしたコウキは思わず持っていた皿を落としそうになるのをまごつきながら持ち直し、ほっと息を吐いた後、近くにいた緑間に問う。

「そうなの?」
「あぁ。明日もみんなで…って、赤司、言ったのではなかったのか?」

 また視線が赤司に集まる。赤司はふっと笑い。

「…コウキは家事を覚えるのに必死だったからな」

 と言う。あぁそう、と五人はもう何も言わず、まぁそれならそれで、と顔を見合わせて、少し。そのまま黙っておくことにした。

「え、教えてよ!」

 食い下がるコウキに、青峰が「どうせ明日になったら分かるし」と取り合わず、黒子は黙々と水仕事をし、黄瀬と紫原、緑間はよそよそしくゴミ袋を集め始めた。もうコウキが何を言っても返さない。そのくせ。

「つか明日も朝早いし、今日はもう寝よーぜ」
「雑魚寝しよーよ」
「俺、家から寝袋持ってきたっス!」
「僕は無難にタオルケットを」
「その前に風呂だろう」
「風呂誰が洗うー?」
「ジャンケン!」
「トランプだろ」
「早く寝ようと言ったのは誰だ青峰…」

 なんて会話は湯水の如く出てくるのだからコウキの機嫌も悪くなる。そんなコウキを放って始まったジャンケンに、しばらく終わりそうもないなと見切りをつけた赤司が一人風呂場に向かおうとして、立ち止まる。コウキが赤司の服を引っ張っていた。

「何? 何があるの? 何するのっ?」

 気になって仕方ない!、と顔に書いてあるコウキに、赤司はちらりと微笑んで。

「明日のお楽しみだ」

 意地悪くそう言って今度こそ風呂場を目指す。征十郎!、と背後からコウキが呼ぶ声。ジャンケンの掛け声がその後ろから聞こえる。近所迷惑だな、と思いながら、それでも。

「まったく、うちには元気っ子が多すぎだな」

 赤司の口元には紛うことなき微笑が咲く。そんな風に、夜は賑やかに更けていった。





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 20120829





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