(八)




 冷製パスタやサラダなどの夕食を平らげた後、場所をソファのある居間へと移して二次会が開かれた。行きしなにしこたま買ってきたと言う炭酸やジュースを主に青峰と黄瀬が酒のように呷り、紫原がポテトチップスとかポッキーなどを片っ端から開けていく様に、赤司は思わず顔を顰めた。
 だが緑間は自分の身の可愛さ故か敢えて止めようとはしないし、黒子も貰えるものは貰うと押し付けられたものを淡々と胃袋に詰めていた。コウキは初めて見るものばかりで目を輝かせ、黄瀬からはコーラを、紫原からはまいう棒を貰ってにこにことしている。
 栄養バランスを考えろと言うべきかと迷っていた赤司も、その顔に窘める言葉を飲み込んだ。主役であるコウキが喜んでいるのだから、まぁいいか、と。
 そうして開いている場所に座れば、自然と回されてくる菓子を食べたりジュースを飲んだりすることになる。結局自分も同じかと苦笑し、ならばいっそ宴会を楽しもうと心を切り替えた。
 宴会は和やかに進んでいく。好きなものを食べて好きなものを飲み、誰かが語る面白おかしい話で笑った。炭酸やジュースが実は酒なのではと勘繰ってしまうくらい、みんなどこか陽気だった。

「あー! 緑間っち、それ俺のコーラ!」
「なっ…紛らわしい所に置くな!」
「お、関節キスじゃん。キモ」
「峰ちん、笑顔で酷いー」
「しかも凄くイイ笑顔でしたね」
「かんせつきす? きも? …魚の内蔵のこと?」
「知らなくていいよ、コウキ」

 話の合間、ふと目線を窓の外を遣れば宵は疾うに通り過ぎ、いつの間にか夜へと移り変わっていた。しかしまだわいわいと宴会らしい宴会が続いている。みんな飽きないな、と苦笑していると、偶然一瞬の静けさが生まれた。それを機に、紫原が「あのさ」とコウキに呼びかけた。

「なぁに?」
「ほんとに、山に帰っちゃうの?」

 途端、しん、と辺りが静まり返る。視線が一気にコウキに集中して、それはどうしたってそれまでの雰囲気には沿わないものだったけれど、コウキが気にした風はない。なんて言おうかと考えるように小首を傾げて天井を見た。どうもそれが考えごとをする時のコウキの癖らしかった。束の間そうして見上げていたコウキは、また視線を戻して紫原を見て、全員を順に見た。笑って、頷く。

「うん、帰るよ」

 潔いほどの返事に、それを覆す術はないと悟ってか、紫原が「そっか」と無表情を崩して寂しげに小さく笑う。緑間が後を継いだ。

「帰ってどうするんだ?」
「…さぁ、今はまだ、そこまでは…。とにかく山の奥の奥まで行くつもり。今日、少し歩いただけでも分かったんだ。人は随分色んなものを作って、その分だけ壊したんだね。山が前より小さくなってた」

 淡々とコウキはそう言って、少し目線を伏せた。

「もう人は自然を畏れてくれないね。昔は畏れがあったから山に入ることを躊躇ってくれたけど、今はどうもそうじゃないみたい。だから山奥に篭るよ。もしかしたら別の土地に行くかもしれない。見つからないように、春も夏も秋も…冬も、どこかに隠れて…。だからきっともう、みんなに会うこともない」

 最後にそっと付け足された言葉に、え、とみんなの目が驚きに見開かれる。恐らく一時の別れだと、また会うこともあると、そう思い込んでいたのだろう。
 赤司は聞いていないまでもなんとはなしに予想はついていた。だから腹の奥がじわりと熱くなるのを感じたのは、その言葉にではなくて。

(―――どこまで、笑顔なのか)

 もう会えないと言い切って、なのに寂しさの片鱗さえ見出せないコウキの笑い顔に、赤司の中で理不尽な怒りが湧いた。
 出会った当初の表情の豊かさが嘘みたいに、昼頃からずっと笑顔一辺倒なコウキ。あれだけ素直に泣いた子狐はどこにいったと問いたかった。まるで唐突に大人になってしまったようだ。心を隠すことに慣れ切った、子どもの成れの果てのよう。
 違和感は全員に伝播して、けれど明確に言い表す言葉を持たないから何も言えずにいた。黄瀬が辛うじて縋るように声を出す。

「で、でも、たまに来るぐらいっ…」

 だがそれも。

「ないよ」

 一刀両断に、切り捨てられる。冷たくはない。ただ穏やかで、しかしそれ故に残酷な仕打ちに見えた。

「もう、人に関わるのは止そうと思う。…ほんとはあまりいいことじゃないんだ」

 だから帰る…帰らなきゃいけないんだと、コウキは一瞬、思いつめたような表情を見せた。くちりと唇を噛み、ぎゅっと手を握る。その様子に。

「…お前、帰りたいからって言わねぇのな」

 青峰が唐突にそう言った。みんなが怪訝に、コウキがハッとしたように青峰を見る。思いがけず集まった視線に青峰は一瞬驚いた顔をして、説明を求められていると分かると困ったように頭を掻いた。

「や、なんか聞いてたら帰んなきゃいけねぇとか、自分がそうしたいからじゃなくて、なんつーか、自分はそういう状況にいるからみてぇな言い方するからさ」

 それに、と続けて。

「普通こういう時、家族がいるからとか、誰かが待ってるからとか言うもんじゃね? それも全然言わねぇし。…お前、もしかして帰っても誰も待ってる奴、いねぇんじゃねぇの?」

 今度は視線がコウキに集まる。赤司の視線もそれに混じって、コウキは特に赤司の視線から逃げるように俯いた。
 肯定しているも同然の仕草に、そんな、と誰が呟いたか分からない声を最後に静寂が広がる。宴が一転、葬式にでもなったかのような変化。打ち破ったのは緑間だった。

「…実は少し気になることがあって、狐について調べたのだよ」

 眼鏡のブリッジを右手で上げて電灯に反射した透鏡レンズが緑間の表情を覆い隠し、声はファクシミリが紙を吐き出す無機質さで流れていく。感情というものが窺えないその視線と声に、コウキはぴくりと微かに肩を揺らした。暴かれる恐怖を、本能的に察知したのかもしれない。

「狐は大抵のものが群れず、家族単位で行動するらしい。セイという人物に名をつけてもらったことから、こいつは元々名前がなく、名が必要でない、つまり名前で個を識別する必要のなかった環境にいたことになる。よって群れよりも少人数の家族単位で行動していた狐であると考えていいだろう。さっきの青峰の指摘と合わせて考えれば、その家族とは死別し、群れに所属していないのなら帰る先には誰もいないと考えるのが妥当なのだよ」

 そこで確認を取るように緑間が口を閉じてコウキを凝視するも、コウキは頑なに顔を上げない。その姿勢こそが緑間の言ったことが事実なのだと証明するには十分だった。緑間は話し続ける。この話の着地点は、そこではないと。

「まぁ、狐の寿命というのは長くて十年、短くて数年らしい。一歳で死ぬ確率は五割以上とも聞く。だから死んでいたとしても不思議ではないが、今ここでこいつの家族がどんな風に、何歳で死んだのかは問題ではない」

 緑間はシビアに言い切って。

「お前、何年生きている?」

 王手をかけるように、そう問うた。それに反応したのはコウキだけではなかった。コウキが会いたがっていたセイが赤司の祖父だと知る全員が、緑間の言葉に衝撃を受けて半ば呆然としていた。赤司は、自分が以前言った言葉を反芻する。

『あんななりでも、もう五〇年以上は生きている狐だ』

 ―――五〇年。今更ながらその数字の重みが伸し掛かる。それは祖父が話してくれた時期と今の年代を差し引いた、単純な引き算だった。だが彼が嘗て存在し、今も存在することは事実で、だからその計算は合っているはずなのに。
 赤司の表情も思わず強張る。まさか、という思いが迫り上がる。静まり返った居間。さっきよりも重い無言と雰囲気に息苦しささえ感じ始めた頃。

「…さぁ」

 知らないんだ、とコウキは思いの外冷静にそう言った。

「日を数えるなんてこと、したことないから」

 でも、そうだね、と言う口調はひっそりとして、口元にはやはり笑み。だが赤司が先ほどのように苛立ちを覚えなかったのは、それがあまりにも静かだったからだ。風前の灯火を体現しているように見えた。

「みんなよりはずっとずっと年上、かな」

 消えていく雪の最後のように見えた。

「もう、年齢なんてあまり関係ないけどね」

 ―――今のおれは、人で言う、妖怪、なんだから。

 とても寂しいもののように、見えた。





 昼食後、テレビを二人並んで見ていた。最初はテレビに対する不思議が先立って内容など素知らぬふりだったコウキが、外国の雪景色が映された瞬間、ぴたりと動きを止めた。見違えるほどの変化に赤司が画面からコウキへと視線を移す。
 元々興味があるわけでも、気に入った番組というわけでもなかった。テレビをつけたのはただ、あのコウキの様子に自分の担う役割を見失ってしまったからだ。コウキの伽藍堂がらんどうの微笑と自身のざわめいた感情を紛らわす緩衝材にと選んだだけ。
 だから未練もなく映像から引き剥がされた視線はコウキへと向き、その横顔が真剣と言うよりも懐古を含んでいることに気がついて首を傾げた。

『冬が好きなのか?』

 そう問うも、少しの間、返事はなかった。見ているのに集中しているのかと思い、放っておこうとまたテレビ画面に目を移そうとした時。

『…嫌いだよ』

 返された言葉が、それ。大嫌いだ、と言い直されたその横顔に、大好きなものを大嫌いと言う物悲しさが滲む。怪訝に見て、何故と問おうか迷った。だが何かしら理由があるのだろうと踏み込まないことにした。もう十分、関り合いになっている自覚はあったけど。ただ「そう」と言って、赤司は。

『確かに寒いのはかなわない。でも雪は見る分には綺麗だし、雪に音を掻き消された夜もいい。俺は、好きだけどな』

 何でもない風に言ったそれに、コウキは不思議なほど、あからさまに吃驚した顔で赤司を見た。赤司が見返すと、咄嗟にその顔を隠すように俯いて、次いでくしゃりと顔を歪ませた。泣き笑いに、ほど近かった。

『…冬を、好きになっちゃいけなかったんだ』

 そうして自分自身に言い聞かせるような口調で零す。言葉を挟まないでいると。

『山に帰る春を、好きでいればよかったのに…』

 その言葉に赤司はピンときた。冬はコウキが祖父の家にいる期間だった。春はコウキが帰ってしまう時期だった。

『…セイを、好きならなければよかった?』

 そう言うことかと問う赤司に、けれどコウキは何も返さなかった。聞こえていないように画面を凝視して、自分のせかいに篭ってしまったよう。
 赤司もそれ以上何か言うことをせず、視線をテレビに放る。相変わらず見てはいない。ただチャンネルは変えた。コウキは一言も文句を言わなかった。横顔は、やけに静かだった。





「妖怪、って…」

 戸惑った黒子の声に、コウキは自分もよく分からないのだけどと正直に言って。

「実体はあるし、だから幽霊ではないんだと思うよ。でもだからってただの狐でないことも、確かなんだろう。言われた通り、おれは不自然なほど長生きしてるから。だったら、妖怪って言った方がしっくりくる。でもいつそうなったのかは分からない。自覚はないんだ。できることって言っても、前と同じで変化くらいだしね」

 そう穏やかに言って言葉を切り、目を伏せてしまったコウキに黒子が表情に困惑を滲ませたまま問う。

「…コウキ君に、一体何があったんですか?」

 コウキはそれにまた目線を上げてみんなを見たかと思うと、じゃあ昔話をしようか、と微笑んだ。

「狐は人ほど長生きじゃないのは本当で、おれには何人か兄弟がいたけど、それも幼い頃にみんな死んでしまったし、父さんも物心ついた頃にはいなかった。ずっと母さんと二人で生きてたよ。母さんが一人でおれを育ててくれた。守ってくれたし、狩りが苦手なおれの分までいつも食事を獲ってきてくれたりね。セイと出会えたのも、もとは母さんが冬になって手がかじかむって泣き言を言うおれに、じゃあ人から手袋を買っておいでって言ってくれたからなんだ。どこで知ったのかな、人の作った手袋は温かいんだよ、って言って。…だからあの小さな姿は、セイと最初に出会った時の姿なんだ」

 おれ、変化が苦手でね、と、ふにゃりと笑うコウキ。懐かしさと、照れと、混じったような。そこにはどうしたって寂しさの影が映り込む。

「実際あの時、セイと出会った時は、おれはあれくらいの年で、変化も上手くなかったから凄く中途半端な姿にしか化けられなくて、母さんにも手伝ってもらってやっとあの姿に化けられたんだ。でも今の姿で分かると思うけど、あれから練習して、ちゃんと変化、上手くなったんだから」

 と、誇らしげに胸を張る様子は、本当の幼子のように稚い。その様に微笑ましさを覚える反面、姿や年齢がどうあろうと心はセイと出会った日から変わっていないのだと分かって切なくなる。そこからコウキのセイに対する想いが見えて、辛かった。

「それでもまたセイと会う時は、あの姿で会おうって思ってた。勿論、この姿で現れて驚かせたいって気持ちはあったし、どんな姿でもセイはおれだって分かってくれたと思うよ。…でもやっぱり、セイが一番馴染んだ姿で会いたいと思った。セイが一目見ておれだって分かってくれる姿で会いたい、って…」

 そんなこと、思ったりして。言いながら、コウキは思い出をなぞるように少し長く瞼を閉じた。

「…幸せだったよ。山では母さんとのんびり暮らして、冬の、人が山に入れない少しの間はセイと一緒にいられて。その二人がおれの全てだった。二人がいれば、それでよかったんだ。…それも、山火事で母さんが死ぬまでは、の話だけど」

 赤司は納得する思いで、そうか、と心の中に零す。コウキが火や熱を恐れるのは単に山火事に遭ったからだけではなく、その時に母親を亡くしているからなのか、と。

「あれはセイと別れてから数日経ったくらいの頃だったかな、火事に遭ったのは山の中腹だった。山だから火の回りが速くて、それに逃げ場所なんかなくて。炎に追いかけられてるみたいで、すごく怖かったよ。でも何より怖かったのは、一人になったことだった。一人残されて、何をしていいか分からなかった。逃げ惑っていたせいで自分がどこにいるか分からなかったし、セイがいる街の方角だって分からなくなった。どうも逃げてるうちに山一つ二つ越えてたみたいで、分からないのも当然だったんだけど、長いことそこが自分の生まれ育った山のどこかなんだって思い込んでた。それで寂しいやら怖いやら、意味が分からないやらで心の中がぐちゃぐちゃで、自暴自棄になったりして…」

  立ち上がるのに相当時間がかかったとコウキは苦く笑った。自嘲のようでいて、憫笑にも見える。どちらにせよ、胸の痛みを感じるには十分だった。

「…その時思ったのが、セイの所に帰ろう、ってことだった」

 無性に会いたかった。ただそれだけで、何かして欲しいとか、傍において欲しいとか、そんなことは考えなかった。とにかく、ただただ、セイに会いたかった。

「そうして歩き出したんだけど、思えばいつだって母さんの後ろを何も考えずに歩いてたからかな、おれ、全然方向感覚ってないみたい。山の麓からセイの家に行くことは当たり前にできるのに、山では全然その勘が働かなかった。それまで道を覚えるってこともしなかったし、自分で目印をつけることもなかったから、迷ってばっかりで、違う街に辿り着いちゃうことなんて何回もあった。その度に、人に見つかって殺されそうになったりして、ね」

 笑って言うことじゃない。全員が思って、だが今話を途切れさせるわけにいかないと、痛ましさを覚えながらも飲み込んだ。

「その頃からなんか躰が怠くて、寝る時間、と言うより、いつの間にか気を失ってることが多くなった。弱ってる自覚はなかったけど、今考えるとそうだったのかもね。いくら歩き回ってもセイのところに行けなくて、躰も心もくたくただった。死ぬ前兆なのかなって、自分でも思ってたくらいだし」

 それでも歩き続けた。当て所もない旅に近かったけれど、セイの所に帰るんだと、そればかり考えながら進んだ。

「でもある日、とうとう倒れちゃって。足に力が入らないし、もうとにかく眠くって仕方なかった。狐は冬眠なんかしないのになぁって思いながら、辛うじて見捨てられたような巣穴を見つけて、そこで抗いきれずに目を閉じたんだ」

 その時かな、とコウキは小首を傾げた。自分がただの狐でなくなったのは、と。

「起きた時は、自分でも吃驚したよ。あれ、生きてるって思った。寝てすっきりしたのか、躰も軽かった。なんだ眠かっただけなのかって思って、巣穴から這い出てまた歩き出した。山は相変わらず山で、変化なんかなくて、だから気づかなかったのかも。きっとおれは随分長い間、そこでそれこそ死んだように寝てたんだろうね」

 でもそれからしばらくして気づいたよ。食事しなくても大丈夫だし、躰の老化が止まってしまったってことに。だから漠然と、自分は何か違うものになっちゃったんだなとは思ってたんだ。セイがいつか話してくれた、妖怪って存在になったのかと。

「どうやってなったのかは全然分からないけど、一回死んだんだとしたら、多分、セイに会いたいって一念が強すぎて素直に成仏できなかったんじゃないかなぁ…」

 細めた双眸で、コウキは天井を見た。事の顛末は、それで全てなのだろう。そこからコウキはやっとの思いで生まれた山に帰ってきて、いつもの勘を頼りにセイの家へ行こうとした。そこで街のあまりの変わり様に驚いて足を踏み外し、気絶しているところを赤司に拾われた。

「…とても、大変な思いをされたんですね」

 他にどう言っていいのか、と迷いながら労いを込めて黒子が言えば、コウキはそうだねと笑いながら。

「でも、もっともっと、頑張ればよかった」
「え…」
「足が痛くても引き摺って、眠たくっても歩いて…そうしたら、間に合ったかもしれないね…」

 約束、破らずにすんだかもしれないね。お帰りって、頭を撫でてもらえたかも、しれないね…――。

 そう言ってコウキは俯くと、セイ、と呟き、ごめんなさい、と零した。涙は流れなかったけれど、笑顔だったけれど、あまりにもその子狐の様子は寂しすぎて、黒子は見ていられないと視線を逸らす。君のせいじゃないのだと、無責任に言うことも憚かられた。

「ちょ、っと、待って…」

 ふと、それまで押し黙っていた黄瀬が声を上げた。視線がぱらぱらと黄瀬に集まる。黄瀬はそのどれにも反応せず、ただコウキを見た。

「コウキっちって、もう家族いなくて、一人、なんスよね?」
「…うん」
「老化もしない、って?」
「成長、してないから」

 と言いながら無垢に黄瀬を見るコウキ。黄瀬は、そんなコウキを怖いほど真っ直ぐ見詰めて。

「でも、そしたら、何?」

 酷く真剣な顔で、言った。

「山に帰っちゃったら、コウキっち、あと何年も、何年も、たった一人で生きていかなきゃいけないんスか?」

 例え山に帰って仲間を作ったとしても、もはや違う存在としてある以上、コウキは常に誰かを看取ることになる。共に生き、共に老い、少しの差で死んでいくような、そんな普通は望めない。そういうことだよね?、と言う黄瀬に、コウキは。

「…みんなに会うまでもそうだったし、心配しなくても大丈夫だよ」

 そんなこと、と言いたげにからりと笑う。その顔で。

「だからおれが帰った後は、狐に化かされたと思って、おれのことは忘れてね」

 と、あたかもそれが当然であるように、そう、言った。





戻る






PAGE TOP

inserted by FC2 system