by BLUE TEARS [http://tearsb.aikotoba.jp/]
『父さん!』
呼びかけには、いつも笑顔で返された。
父さんが怒ったところなど、実は一度も見たことがない。
怒らない人だった。
にこにことした、穏やかな人だった。
縁側に座って、日向ぼっこや星を見るのが好きな人だった。
ただどこか抜けている所があって、武器の扱いや術も多彩に操れるのに、どうしてか家事とか普通に暮らす上で必要なことができなかった。
卵を焼けば焦がし、洗濯物を干せば全部泥だらけ。
できることと云えば庭に植えてある薬草の世話くらいなものだった。
だから、いつだって怒るのは俺の仕事で。
『父さんってば! またお皿割ったでしょ!』
それにだって、
『ごめんごめん』
父さんはいつだって笑って飄々としていたけれど。
笑いごとじゃないよと、何度怒ったっけ。
でも怪我してないから大丈夫だよと、的外れな答えを何度訊いただろう。
終いには怒ることが馬鹿馬鹿しくなって、もう良いよと背を向ければ、ふんわりと後ろから抱きしめられた。
いつだって、そう。
『ごめーんね』
ぽんぽんと、まるで機嫌を取るように、優しく髪を撫でてくる。
『…誤魔化されないよ』
『誤魔化すものなんてないよ。カカシには、本当のことしか云わなし、しないでしょ?』
ね?、と。
そう云う父さんをそろりと肩越しに見上げれば、さわりと俺と同じ銀の髪を揺らして笑う父さん。
けど父さんが云う本当のことなんて、本当は、知らない。
隠されてるとは思わないけど、隠されてないとも思わない。
俺が知るのは、家にいる時の父さんだけ。
そうと分かっていながらそう云う父さんは、意地が悪いと思うけど。
『どーだか』
そう云って、云いながら。
くるりと躰を反転させて、父さんの首に腕を回してぎゅうっとしがみつく。
意味なんかない、意味なんて、なかったけれど。
『カカシ、今日は星が綺麗だよ』
ぽんぽんと、背を叩くその手が温かくて優しくて。
だからこそやり切れなくて涙が零れてしまいそう。
『カカシも見てご覧。今日の星なら、願いごとの一つや二つ、叶えてくれそうだよ』
なんて、云いながら。
ねぇ何を祈ったの?
ねぇ何を願ったの?
知ってたんだ、いつからか。
父さんが空を見る時、いつだって何かを願ってたこと。
それは俺にはどうしようもないことだったの?
俺には叶えられないことだったの?
だから星に願ったの?
ねぇ、ねぇ、父さん。
『流れ星、見えるかな』
ねぇ、カカシ。
そんな優しい声で呼ばないで。
そんな優しい顔で笑わないで。
こんな優しい
(欲しくない、欲しくない、こんなもの)
だって、ねぇ。
「―――父さん…!」
呼べば応えてくれるかもと、こんな夢を見るくらいなら。
[ 《届かない存在》――― 星降る夜の、夢の末路 ]