by BLUE TEARS [http://tearsb.aikotoba.jp/]
『―――裏切り者』
通り様、吐き捨てられた言葉を理解できなかった。
誰を、裏切ったと云うんだろう。
誰を、裏切れたと云うんだろう。
里か、仲間か。
―――馬鹿な。
笑ってしまう。
何も分かってない。
何も何も分かっちゃあいない。
俺より長く付き添っていただろうに、そんなことも分からないのか。
(馬鹿だな…馬鹿だよ)
お情けのように慰霊碑の端に新しく刻まれた名。
手でなぞって、そのまま消してしまいたい衝動が込み上げる。
それを、あの人は望んでいるような気がした。
過度の重圧に笑って耐えていたあの人は、名を残したくなんかはなかったんだ。
心を、遺したかったはずなのに。
虚ろな名だけが裏切り者の代名詞として遺り、理解されないままだった心は既に風前の灯。
笑ってしまう、本当に。
愚かだ。
分かっていただろうにそうしたあの人も。
あの人を理解しようともせず批判した誰かも。
足掻くようにあの人の痕跡を消して満足しようとする自分も。
そんなの、誰も誰も、救われないというのに。
(終わったことだ、全て)
もう何も、変わりはしない。
名を消した所で。
彼を知る全ての人間を殺した所で。
あの人が終わらせたことだ。
ならば、自分にそれ以上何が出来るだろう。
何もない…何も。
だから石に触れていた手を離す。
立ち上がってみれば、片膝ついていた所為で黒衣は泥に汚れていた。
…あぁあの人も、よくどろどろになって帰ってきたものだ。
あの日もそうだった気がする。
嫌に、あやふやな記憶だけれど。
(……帰ろう)
既に周りには誰もいなかった。
誰も彼もが一言も口にせず遠巻きに慰霊碑を見つめては消えていった。
口にされたのは、あの言葉だけだ。
『裏切り者』
あぁ、あいつだけは殺しに行こうか。
ぼんやりとそう思って
朝からずっと降っていた雨が、顔に当たった。
目を瞑って、享受する。
『うらぎりもの』
…馬鹿が。
(裏切ったとすれば、それは何より自分自身だと云うのに。)
[ 《忍者失格》――― 雨の日の葬送 ]