縷紅草
[ 花言葉:おしゃべり、お節介 ]「「「―――もうキバは大人しくしてろ!!」」」
それは、丁度二十回目となった家具破壊の瞬間、吼えられた言葉だった。
そもそもその前から任務中の失敗やその報告書の不備があって雰囲気が重く、だから逃げるように台所に避難したというのに。
三人に口を揃えて申し渡された言葉。
ちょっとびっくりした顔をして台所から顔を覗かせ、けれど、何時ものようにへらっと笑おうとしたキバの瞳から、ぽろり、と、大粒の涙が零れ落ちて。
止まらない。
止まらない。
涙はこぽりと生まれては、堕ちていく。
「え…っ」
「ちょ…!」
「キバ…!?」
驚く三人を放って、零れていく涙を拭おうともせず、キバはしょんぼりとその場に座り込んでしまった。
いつもなら怒っても泣いても煩いキバが何も言わずに泣くから、三人は本当に焦ってしまう。
「ど、どうしたんだよ…あ、べ、別に本気で怒ったわけじゃねぇよ!? 割れちまったもんはしょーがねぇし!」
「書類のミスだって何とかなるってばよ! 書き直せば良いだけの話だし!! こ、こんなもん、どうとでもなるってば…!!」
「そ、そうだ! 任務の失敗だってオレ達四人でやれば埋め合わせだってきく! だから…」
泣くな、と、三人は困った顔で言う。
暗部最恐の智と呼ばれ、暗部最強の武と呼ばれ、暗部最凶の手と呼ばれる彼らが。
何も出来ずにうろたえる。
そんな彼らに。
「俺って、やっぱ、駄目なのかなぁ」
そんな絶望的な声をキバが漏らすから、三人はもっといっぱいいっぱいうろたえて。
なのに、結局キバの周りをあたふたするしかなかったりするのだ。
だって彼らは宥め方を知らない。
宥めるのは何時だって―――今泣いている、子ども、だったから。
「……俺さぁ、お前らと住むって決めた時、頑張ろうって思ったんだ」
零れる涙は真珠色。
ぱちりと瞬きすれば、その度に零れて堕ちていく。
紅の瞳は哀しそうに揺れて。
でも、言葉を紡ぐのを、諦めたりはしない。
「お前らはいっつも一人だったから、俺がお前らの兄ちゃんになるんだって」
ナルトは家族が居ない。
シカマルは一人っ子。
サスケは家族も兄弟も居たけれど、それらを一度に全て失った。
彼らが持たないものを持っているのは、キバだけだったから。
それに。
「俺が一番、ちょっとでも、年上だから」
姉がいるキバは守られる温かさを知っていた。
一人じゃない幸せを知っていた。
誰かが傍にいる喜びを知っていた。
だから、その温かさを分けてやりたいと思った。
自分が彼らの兄になるんだと。
なのに、力ではナルトに負け、術ではサスケに負け、シカマルになんて頭でも家事においても負けていて。
いくら頑張っても、三人の方が自分よりも勝ってて。
足掻いたけれど、駄目だった。
そして終いには何もするなと言われる始末。
「全然、お前らの役にすら立ってねぇ……――」
キバの言葉を聞いて、三人は困ったように見合った。
三人ともキバが変に意気込んでいるのは分かってた。
けれどそれは、表でのでしゃばりな性格が変わらないだけかと思っていたのに。
(ほんとに、なんて言うか…)
(あぁ、なんて言うか、だな)
(こいつは本当に)
あぁ、本当にこの狗の子は。
「「「馬鹿だな」」」
「なっ!」
馬鹿って言った馬鹿って言った馬鹿って言ったぁ…っ!!!
てなぐあいに大きな瞳を更に大きく見開いて、その瞬間はらりと綺麗な涙が零れてく。
それを。
「何で駄目って思うんだよ。本当にオレ達がいらねぇって思ったら、お前なんてとっくの昔に暗部やめさせられてるっつーの」
ナルトが優しく拭って。
「そーそ。意気込まなくてもいいんじゃねぇの? めんどくせーこと考えんなよ。お前はお前でいいんだよ」
シカマルが優しく頭を撫でて。
「それに、俺達はお前が思う以上にお前に助けられている」
サスケが優しく笑うから。
「…………ほんと…?」
ちょっとだけ信じたくなって、けれど、やっぱり自分の駄目さをキバは思い出してしまったから。
自信なさげに涙で濡れた瞳をサスケに向けて首を傾げるキバに、あぁ、とサスケは頷いた。
だってそれは少し考えれば分かるのだ。
殺伐とした暗部の世界―――その中を生きていくには、技や力だけでは生きてなどいけない。
そんな過酷な世界を、いくら優れていると言っても子どもが生き抜けるわけが無い。
ナルトが壊れてしまわないのはキバのおかげ。
シカマルが笑っていられるのはキバのおかげ。
サスケが淋しくないのだって、キバのおかげ。
あまりにも独りの時間が長すぎて、冷めてしまった彼等に感情を吹き込んでくれたのは、紛れもなくキバだから。
「お前の頑張りは、無駄じゃない」
救われてるんだ、俺達は。
いくらドジ踏んだって、失敗したって。
何時もと変わらず笑ってくれるキバに、どうしたって救われてるんだ。
三人の兄になりたいと言ったキバ。
どちらかと言うと彼らの弟のように扱われてはいるけれど。
「それじゃ、駄目か?」
そう言うサスケの顔が、ちょっと淋しそうだったから。
「……………駄目じゃ、ない」
何だか丸め込まれたような気がしたから少しだけ不機嫌にそう言って、けれどやっぱり嬉しかったから、キバはぱふっとサスケに抱きついた。
「――…ありがと」
そんな言葉つきで。
それを見て、ナルトとシカマルも彼ら二人に抱きついた。
「サスケだけずりーってばよ!」
「俺らも混ぜろ」
「いてぇよ! 無理だよ! サスケだけで手一杯だよ!!」
離せと言ったって聞きやしない。
意地でも離さないと言わんばかりの力だ。
それを証明するように、二人は同時に言ったのだ。
「「兄ちゃんだろ!?」」
だから何とかしろと、言ってくる。
一人だけ特別扱いするなと駄々をこねる。
なんて奴らだ。
同意を求めるようにキバがサスケを見れば、しょうがないだろう、と笑っていた。
「兄貴なんだろう? ―――俺達の」
……あぁもう、まったく!
心の中で溜息を吐き、キバは一度三人の腕の中から無理矢理抜け出して。
「あぁそうだよ! オレはお前らの兄ちゃんなの!!」
今度は三人一緒に抱きしめた。
そうすれば三人とも笑った。
下を向いてだけど、何となくあったかい雰囲気で気持ちは伝わるから。
「……お前らより劣ってて、迷惑いっぱいかけると思うけど、出来るだけ頑張るからさ」
でも先に謝っとく、ごめん。
そう言えば、三人ともが顔を上げて言ってくる。
「しょーがねー兄ちゃんだなぁ」
「全くだぜ」
「本当にな」
でもまぁ、―――悪くない。
それからじゃれているうちに眠ってしまったキバをベッドに運んで、三人はしょうがないという風に笑う。
「本当にキバはキバだってばよ」
あぁ、そうだな、と後の二人は頷いた。
「素直に感情出して、言いたいこと言って、優しい―――なんてよ。まったく忍に向いてねぇったらねぇよな」
全くだ、と後の二人は苦笑する。
「だからこそ、俺達は救われているのだろうがな」
きっとそうだろう、と後の二人は思う。
三人がキバに求めたものは強さでも頭の回転でも家事の能力でもない。
そのままのキバだ。
裏も表も関係なく、力の差も鑑みず、誰かを思いやって誰かの為に紡ぐ言葉。
笑ってくれたらそれでいい。
怒ってくれたらそれでいい。
傍に居てくれたら、それで。
望んでることは、そんな大したことじゃないんだ。
「まぁ、どっちかつーと、やっぱ弟って感じはするけどな」
「キバはすぐ遊んでーって言うタイプだってば」
「まぁ、そんな兄も新しくて良いんじゃないか?」
それもそうだな、と三人は見合って。
「「「ずっと馬鹿なキバでいますように」」」
愚かで優しい仔狗。
それでも、彼らはそんな子どもを愛してるから。
一人ずつ彼の額に口付けて、それぞれの褥に這入って行く。
キバの居る明日が、ずっと続くように願いながら。
20110810