後日譚:黎明 拾壱

[ 胡蝶草(シザンサス):いつまでもいっしょに ]



 静かな夕方、曇天の下。
 ナルトとサスケ、サクラが、商店街を抜けた住宅地の差し掛かりを歩いていた。
 今日は任務が終われば三々五々帰ってしまう七班のメンバーを憂えてか、カカシが珍しくも任務終わりに一楽に連れていってくれて、今はその帰り道。
 弾む会話はないけれど、サクラがサスケに声をかければナルトが騒ぎ、サクラのツッコミとサスケの暴言が飛び交ってという風に、ともすれば黙りがちな彼等にしてみれば、比較的子どもらしく賑やかだった。

「にしても、今日の任務疲れたってば…」
「珍しいわね、ナルト」
「体力馬鹿なのにな」
「うっせ、サスケ! だってだって、サクラちゃん、ガキってどーしてあぁも元気なわけ!?」

 ナルトが疲れたという今日の任務。
 簡単に云えば「子守」だった。

「ガキって…私達だって十分子どもよ」
「そ、そーだけどさぁ…」

 窘めながら、でも確かに、とサクラも躰が疲労で重たくなっているのを感じていた。

(ほんと、子どもの体力には恐れ入るわ…)

 この年になると、というか自分が忍であるが故なのだろうが、体力を限界まで使うことを無意識に抑える嫌いがある。
 当然と云えば当然で、自分の体力を考慮せず常に全開の力で任務に臨めば、途中で倒れるかチャクラ切れなどを引き起こすだろうし、何より家や里に帰れない。
 任務の達成と里への生還は等価に尊い―――それはカカシの言葉だけれど、本当にそうだとサクラは思う。
 任務の為の体力と、帰る為の体力と、どちらも蔑ろにできないから体力は温存するに限る。
 ナルトならば下忍レベルの任務程度、全力でも問題ないかも知れないが、班中もっとも体力的に問題のあるサクラにしてみればとんでもない話だ。
 それに比べ、子どもは体力を限界まで使うことを躊躇わないし、第一そんな心配は端からしない。
 羨ましい限り、とサクラも嘗てはそうだった自分を棚にあげて心の中で溜息を零した。

「まぁ、子どもは遊ぶのが仕事って云うじゃない」
「え? 仕事は任務のことじゃないの?」
「……このウスラトンカチ」
「んだとサスケェ!」

 と、いつもの流れに戻ったところで、ぽつり、と潤んだ音を聞いた。

「あ」

 気づいたのはナルトで、空を見る。

「雨」

 ぽつりぽつり…。
 音が次第に密集し、サクラはやばいと顔を顰めた。 

(本格的に降ってくる)

 さっと視線を動かし、まだ商店街が目視できる距離にあることにほっと息をつく。
 住宅地に入り込めば雨宿りするにも軒がないか、あっても三人入るには狭すぎる。
 この時間帯、普通に考えれば夕飯時で、中に入れて欲しいと云うのも無粋だ。
 だったら、と。

「こっち!」

 サクラは躊躇わずに来た道を戻る為に走り出す。

「さ、サクラちゃん!?」
「行くぞ、ドベ!」

 二人分の足音がまだ疎らな雨音の合間を縫って訊こえてくることに安堵して、サクラは速度をあげる。
 それでもぴたりと横についてきた二人にさすがと内心舌を巻きながら、目をつけた場所に飛び込んだ。
 最後にナルトが入った瞬間。

  ザァ――…

 先程までぽつりぽつりと、ひと粒ひと粒落ちてきていたのが奇跡のように、まとめて空から降ってきた。
 少し先の景色も滲むほどで、その激しさに三人ともがほっと胸を撫で下ろす。

「か、間一髪、だってばよ…」
「…あぁ」

 まだ夜は冷える季節。
 雨が降れば尚更で、だからそっとサクラは二人の服の濡れ具合を検分する。
 こんなことで風邪を引く羽目になれば、笑えない。

「サクラちゃん?」

 その視線に気づいてか、覗き込むようにナルトがサクラをじぃっと見ていた。
 何でもないの、と云うには凝視しすぎていたらしく、サスケもサクラの視線に疑問を持ったようだった。
 どうした、と云いたげな二人の瞳に、サクラは誤魔化しきれずに小さく笑う。

「…やっぱり、別々に帰れば良かったね」

 任務が終われば三々五々、散るように帰っていく三人。
 それは仲が悪いとか一緒に帰るのが嫌だとか、そう云うことではなく、ただ仕方のないことだった。
 何故ならナルトとサスケとサクラ、住む地区が、下町、旧家町、住宅街と、まったく異なるのだ。
 なのに何故今日は一緒に住宅街まで来ていたかというと、一楽での解散時に、

『そろそろ日が暮れるから、お前達、サクラ送って行きなさいよ』

 と云う、カカシの言葉があったからだ。
 まさか今更下忍にもなった自分が女だからと、そんなことを云われると思っていなかったサクラは面食らい。

『い、良いよ、そんなの。一人だって帰れる…』

 何よりも驚いたのは。

『分かったってば!』
『……おぅ』

 二人が、当たり前の顔をしてそれを受け入れたことだった。
 やっぱり男と女の差なのかしら、と少しだけ地味に落ち込んだけれど、それでもやっぱり嬉しかった。
 一緒に帰るという状況はアカデミー以来のことで、それが同じ班のナルトとサスケというメンバーであるのが新鮮で、楽しくて。

(でもこんなことになるのなら、素直に一人で帰れば良かったなぁ)

 知っていたのに、今日の夜の天気予報。
 曇のち雨。
 あぁ空が泣きそうだと、一楽を出た時ぼんやりと思ったのに。

(多分今降っているのは通り雨…でもここからじゃあナルトとサスケくんの家は遠すぎる…)

 その間に、また雨が降ってしまうかもしれない。
 民家の屋根を走るという手もあるけれど、通り雨とは云え雨が降った後、濡れた屋根に足をとられるかもしれない危険を冒させたくはなかった。

「そうだ」

 色々考えて、サクラはポンと手を叩く。

「私の家、ここから走って直ぐだから、傘持ってくるよ」

 だから待ってて。

 にこりと笑って、サクラは頭の中で家までの最短距離を弾き出す。
 片道に五分はかかる…往復十分。
 でも具体的な時間を云えばもしかしたら止められるかも知れないし、走りだしてしまえばこっちのものと、曖昧に云って飛び出そうとしたのに。

「「駄目だ」ってば」

 異なる声の同じ言葉。
 それと同時に、引かれた腕。

「え…」

 振り返れば、二人とも真剣な顔でサクラの手を引いていた。
 何よりサクラの注意を引いたのは、とても静かな二人の瞳。
 朝の蒼と夜の黒。

(……なん、だろう)

 それを見て、今までちらりとでも似ているなんて思ったこと、なかったのに。

(…どうして?)

 似ている、なんてものじゃない。
 まるで同じだ。
 朝でなく、夜でなく。
 朝になりきらない、静かで透明な空気を含んだ。
 夜明け前の、空の色。

(綺麗で透き通って、ちょっと哀しい、暁の色…)

 それは、この曇天の下で見ているからだろうか。
 目の錯覚…?

(でも―――でも…)

 そうサクラが呆然とする中、ナルトが緩やかに微笑む。

「無理しちゃ駄目だってば。ほら、サクラちゃんの腕、鳥肌立ってる」
「え…あ…」
「この状態で雨に濡れちゃ駄目だ。風邪引いちゃうかもしんねーし。それに俺達なら大丈夫だから、な?」
「…あぁ。心配するな」

 ナルトとサスケの気遣いに、サクラは躊躇いながらも、そう、と云って頷いた。
 そうしてようやく離される手、解放された腕。
 見れば確かに鳥肌が立っていて、でもきっとそれは、寒かったからではないだろう。
 さっきの幻覚に似た、色彩感覚の所為なのだろう。
 そう、思ったのだけれど。

(…また気を遣わせる訳には、いかないしね)

 そっと知らない振りをして、サクラはバックパックから手拭いを取り出して。

「ナルト」
「え、わっ」
「あんた、濡れてるわ」

 確か最後にここに飛び込んだのはナルトだった筈。
 少しだけ間に合わず、本降りになった雨に曝されたのだろう。
 髪から水が滴るほど濡れていた。
 まったく。

「普段は構わず突っ走るくせに、こんな時だけあんたはいつも遅いんだから」

 愚痴のように呟けば、怒られた子どものように首を竦めたナルト。
 亀みたい、と思わず笑うと、ひどいってば…、と情けない顔をされて。
 サスケの呆れ顔を見て。
 サクラはふふっとにこやかに笑う。

(穏やかね、本当に)

 雨が降って寒いのに。
 雷が遠く煌めいて怖いのに。
 いつもなら気にしないように頑張るほど気になることが、今は全然気にならない。

(静かな夜…怖いほど)

 雨音が全ての音を吸いとって、それはまるで雪の日のよう。
 サラサラと音があるだけ、マシだけれど。
 でもそれでも心が穏やかなのは、ナルトとサスケがいるお陰なのだろうと、サクラは思う。
 不思議な安心感。
 二人がここにいれば大丈夫だと、訳も分からずそう感じた。
 それはひどく居心地の良い、微温湯(ぬるまゆ)の夢に似ている。

「はい、これでまぁ、良いでしょう」

 水分を含んでいつもよりペタンと撫で付けられたような髪を一度だけサラリと手櫛で整えて、サクラは手を離す。

「あ、ありがと」

 滅多にないことに照れたのか、ナルトはえへへと笑ってサクラに礼を云った。
 どういたしまして、と笑い返して、サクラは雨の降り続ける世界を見る。
 止む気配はない。
 通り雨だと思ったのだが…違うのだろうかと不安になる。
 もしそうでないなら、雨宿りが無駄になるだろう。

(やっぱり、傘、取りに行こうかな…)

 思い直し、家の方角をちらりと盗み見た時。

「あーあ、これなら昼間に降って欲しかったってばよぉ」

 ナルトの声が、するりとサクラの意識をそちらに向ける。

「昼間? どうして?」

 くるりとナルトに向き直り問うサクラに、だって、とナルトは小さく唇を尖らせた。

「昼に降ったら外で遊ばなくて良かったし、だったら絶対疲れることなかったってば」

 それに今日の太陽、暑かったし。

 と、まるでそこに太陽があるように、空を睨み上げるナルト。

 その横顔を見て、サクラは前から思っていたことを改めて思う。

(そう云えばナルト、昼間の太陽とか暑いの、苦手よね)

 最初それを知った時、意外だという気持ちが拭えなかった。
 髪の色とか笑顔とか態度とか、ナルトの特徴を挙げ連ねていけば自然それは太陽と結びつくようなものばかり。
 だから好きとまでは云わないけれど、相性は良いものとばかり思っていた。

(でも違った)

 ナルトは暑いのが苦手で、そして多分、サクラの思い込みなのかも知れないけれど、昼とか、太陽が出ている時間が苦手だ。
 どちらかと云うと夜型の人間である気がしているが、それを確認したことはない。

(そう…ナルトは太陽じゃ、ないのよね)

 ただ、アカデミー時代を思い返せば、それも納得できるような気がする。
 いまでこそ太陽に似ていると思われがちだが、元々ナルトは光り輝く子どもではなかった。
 太陽というよりは夏の暴力的な照り返しの日差し。
 陽炎に揺らめく街中の騒音。
 だから誰も相手にしなかったし、目立ちはしたが、注目を浴びることはなかった。
 今と何が違うのだろう。
 何がナルトを変えて、ナルトは何を変えただろう。

(分からないけれど)

 ナルトが今輝くのは、多分きっと、ナルトを支える人がいるからだ。
 七班のメンバーであるサスケやカカシ、アカデミーの先生であるイルカや共に卒業し選抜試験を勝ち抜いたルーキー達。
 ナルトの周りに人が集まってきている。
 それを引力の観点で云うのなら、確かにナルトは太陽だけど。

(あぁそうね、きっと)

 きっと、ほんとはそうじゃなくて。

「あんたは月ね、ナルト」

 サクラのその言葉には、ナルトも、そしてサスケも驚いたようだった。

「…月?」
「つ、月って云うなら俺じゃなく、カカシ先生の方だってば?」

 取り繕うように云われ、あぁそうかも、と思うけど。

「カカシ先生はどっちかって云うと太陽よ」

 その静けさ、淡い色は確かに月に似ているけれど。
 カカシは太陽のように自ら輝く術を知っている。
 そしてそれと同じように、誰かを輝かせる術も知っているのだ。
 その点、ナルトは知らない。
 ナルトはきっと一人だけでは輝けない。
 誰かがいて、その誰かとの接触を持った時。
 誰かに心を傾けた時。
 初めて、太陽のように輝ける気がする。

(だから今、あんたは輝いてるのね)

 今のナルトが太陽だと、そう感じることがナルトにとって大切な人が増えていっている証なのだとしたら、とても嬉しいことだとサクラは思う。
 だってナルトは一人で、独りぼっちで。
 里のみんなから視線で殺されそうなくらい、嫌われて、憎まれていた。
 何でかは知らない。
 耳を欹ててもその理由を訊けたことはない。
 嫌われていると知ったのも同じ班になってからのことで。
 知った時、なんでかとてもショックで、哀しくて泣いたことは。
 だからサクラの一生の秘密。
 でも、当事者でないサクラでだってそうだったのに。

『サクラちゃん!』

 ナルトはいつだって笑ってて。
 知っているだろうに知らない振りをして。
 その嫌悪と憎悪と殺意を跳ね返すように、頑張って笑うから。
 あぁだから。

(そんなあんたを輝かせるうちの一人になれたのなら、きっとそれは幸せね)

 太陽みたいな月。
 輝くことを知らなかった夜の太陽、磨かれていなかった宝石の原石。
 輝けば良い、思い切り。
 真昼の月に負けないほど、明るく輝いて照らせば良い。
 その対象が里か誰かなのかは、ナルトが決めることだから。
 ただいずれにしろ。

(幸せであれば良い)

 自分を不幸にして誰かの幸福を願うことほど、辛いことはない。
 報われないことはない。
 だから少し傷ついても傷つけても、たとえ傷つけ合ったって。
 どちらもが幸せになる道を選んでくれたらと、サクラはそう思っている。

「…ねぇ、ナルト」

 と呼びかけて、応えるように首を傾げたナルトにサクラは優しく微笑んだ。

「朝と夜は交わらない。太陽と月は出会わない。でも交わって、出会ってしまったのなら、やっぱり幸せを目指してほしいと思う」

 会話に成り得ない独り言。
 それでもサクラはナルトを見て、隣にいるサスケも見て。

「サクラちゃん…?」
「……」

 二人の戸惑う顔、静かな瞳。
 やっぱり同じだと思いながら、サクラはまた言葉を紡ぐ。

「月を翳らせるのは私達だけど、太陽を翳らせるのは、月なのよ」

 だから―――と、云いかけて。

「………雨が、上がったわね」

 ふと、サクラが視線を逸らす。
 つられてナルトとサスケも空を見れば、まだ曇ってはいるものの、雨音はもう聞こえない。
 薄れていく雲。
 きっともう、今夜雨は降らない。

「帰るわ」

 雨宿りの場所からサクラは一歩外に出る。
 それだけで、冷たい風が剥き出しの肌をなぞって寒い。
 微温湯の夢から、覚めてしまう。
 そうなる前にとサクラがまた一歩踏み出せば。

「サクラちゃん!」
「ん?」

 振り返れば、ナルトが焦ったような戸惑ったような、何か云いたげな顔をした。
 でも呼びかけたまま黙ってしまったナルト。
 その沈黙を補うように、サスケが口を開き、

「…送らなくて、大丈夫か?」

 そう問えば。

「うん」

 サクラは笑顔で頷いた。

「だって雨は上がったもの。だから、大丈夫」

 だから。

「またね」

 小さく二人に手を振って、サクラは雨上がりの夜を歩いて行く。
 振り返らずに空を見て。
 そして雲間から月がちょこんと顔を出した時。

「…綺麗」

 小さく云って、小さく笑った。





 サクラの背を見送って、消えた後、ナルトとサスケは互いに視線を取り交わす。
 なんだろう、なんだったんだろう。
 さっきの時間、雨宿り。
 サクラの言葉。
 思い当たるから―――心臓に悪い。

「………」
「………」
「……サスケ」
「云ってない。何も」
「…俺もだ」

 ハァ…とどちらともなく溜息を吐く。

「サクラちゃん…知ってるのか鋭いのか…」
「…鋭いんだろ」
「女の勘、ってやつかなぁ」
「知るか」

 云いながら、二人もようやくそこを出て空の下に身を晒す。
 風に押し流されていく雲は、もう天体を隠すほど分厚くはなく。
 月光が、差していた。

「太陽を翳らせるのは月、かぁ」

 苦笑する。
 あぁきっと、そうだろうと。
 サクラは日蝕と月蝕に当てはめて云ったのだろうが、云い得て妙。
 確かに、おれたち太陽あいつを翳らせた。

『―――ばかかし! てめぇ、Sランクの任務、勝手に行きやがったな!?』
『げ』
『「げ」じゃねぇんだよコラ。そこは「ごめんなさい」だろ』
『で、でもっ、ご指名だったし…』
『「でも」も「しかし」も「かかし」もねんだよ馬鹿!』
『お、上手い』
『…火遁…』
『ちょぉっとそこのサスケさんいきなり「火遁」入りましたねヤメテクダサイほんとにマジで』
『じゃあ水遁…』
『や、違、あの、…ごめん、「術」はなしで』
『『じゃあ反省しろ』』
『………嫌』
『あ?』
『反省、できない。ごめんなさいも、云わない』
『…んだとばかかし』
『カカシ…』
『だって決めたから。だから俺はまた任務に行く。どんなランクだろうと、どんな危険があろうと』
『…俺が止めろって云うのが訊けねェのか』
『訊けない―――訊かない』
『ッ! だったらもう勝手にしろ!!』

 それはまさに喧嘩別れと云うやつで、その日からもう一週間、サスケとナルトはあの家に帰っていない。
 当然下忍の任務になれば顔を合わせるけれど、徹底して下忍の時の態度で接してやった。
 …知ってたのに。
 カカシがあぁ云った意味。
 それはきっと、サクラが云った言葉に等しいと。

『朝と夜は交わらない。太陽と月は出会わない。でも交わって、出会ってしまったのなら、やっぱり幸せを目指してほしいと思う』

 出会ってしまった太陽と月。
 そして、あぁそうだ、幸せを目指した筈だった。
 等分とはいかないまでも、どちらもが幸せになれるようにと、同じだけ痛みと傷を抱え込もうと決めたのに。
 カカシから任務を奪いすぎたのだろう。
 だから勝手に任務を受け、行ったのだろう。

(違うんだ。行くなと云いたかった訳じゃない)

 できればそうしてほしいけど、でもそんなことは無理だから。
 忍である以上、それはどうしたって無理だから。

(俺かサスケかどちらかを、連れていってくれればそれで良かったんだ)

 カカシは一人だと無理をし過ぎるから、だから一人で勝手に行くなと云いたかったんだ。

(怒りたかった訳じゃない…心配したんだ…だってまた、あんなことになったら…)

 ナルトが「英雄作り未遂事件」と命名したあの出来事は、まだ記憶に新しい。
 嫌な予感がして、駆けつけて。
 見つけたと思ったら、まさに殺されそうなカカシを目の当たりにして。

(俺が、あの時、どれだけ…――)

 それを、表情にも言葉にも、出さなかった自分が悪いのか。
 でも。
 それでも。

「いい加減、カカシも気づけってんだよ…」

 心底思う。
 あいつは自分に無頓着すぎる。
 ほんとにまったく、ぞっとしない。

「まぁ、馬鹿だからな」

 バッサリと切り捨てたサスケに同感だ。

(でも、まぁ)

 そろそろ、帰ってやらなくては。
 反省もごめんなさいももういらないから。
 哀しそうな顔をしたあいつのもとに、帰ってやろう。

(あいつは一人になりたがりのくせに、寂しがり屋だから)

 だから、三人になったんだから。

「……カカシ、泣いてねぇかな」

 帰り道、最初に天から落ちた、雨粒のように。
 ぽつりと零された声。
 潤んだ音。
 聞き逃さず、サスケが笑う。

「大丈夫だろ」

 自信あり気なその声に、何故と首を傾げれば。

「サクラが云ったろ」

 雨はあがったから大丈夫だ―――と。

「…だから、大丈夫だ」

 本当にそう思っている声でサスケが云うから。

「……そっか。そうだな」

 背中を押された。
 帰ろうと。

「あーあ」

 伸びをする。
 雨の匂いがまだ去らない。
 冷たい空気が頬を撫でる。
 それでも帰る場所があるから。
 迷った時、言葉をくれる仲間がいるから。

(だから)

 やっと顔を見せた月に願う。

「ずっと一緒にいてぇなぁ」
「…まったくだ」

 誰も欠けることなく。
 ずっとずっと、生きていたい。





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 20110314





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