後日譚:黎明 肆
[ ローダンセ:終りのない友情 ]静かな声。
闇に飲まれそうなほど。
……否。
闇を呑み込んでしまいそうな。
静かな、声。
聞こえるのは、夢の中だから。
起きてる時には聞こえない。
言葉というより鳴き声に近いそれは。
けれど意味を汲みとってしまうから、厄介だ。
寂しいと、幼子のような拙い言葉。
聞き取れるのは、あいつもまた、眠っているからだろう。
夢の中で、夢の言葉を聞く。
俺が夢を見て、あいつも夢を見ている時。
あいつはいつも哭いている。
起きている時は俺を喰い殺そうとしかしないくせに。
夢の中では寂しいと。
小さな子どものように。
その言葉しか知らないかのように。
いつだって静かに嘆くのだ。
「…起きたか」
夜を背負うような声に、あぁサスケかと安堵する。
開いた目を一旦閉じ、数十秒後にまた開ける。
少し視線を走らせてそこが暗部の待機場であることを知り、任務が終わった直後から今までの記憶がないことを確認する。
溜息が勝手に口を衝いて出た。
「また…気ぃ失ってたか」
「あぁ。迷惑なことにな」
減らない口に、小さく笑う。
そのくせ倒れた俺を抱えて帰還し、着替えず起きるまで待っててくれる辺り、サスケは優しい。
云ってもどうせ否定されるからありがとうは心の中に閉まっておいた。
よっ、と勢いつけて躰を起こせば、当然着ていた暗部服のまま。
衝撃で蟀谷を伝った汗は冷えていて、それを感じた途端、寒さが身に染みた。
「はい」
横で俺とサスケの会話を黙って聞いていたカカシがマントを肩から掛けてくれた。
ありがとうと云えば、いいえと言葉少なに返される。
微かに笑った右目がぎこちない。
それに気付いて、小さく笑う。
「カカシ」
「…何?」
「俺は、大丈夫」
大丈夫だからと繰り返し、手を握ってやれば。
「…そうじゃなきゃ困るよ」
と、ふにゃ、と泣きそうな顔で笑われた。
不意に途切れる記憶。
相手の夢に引き摺られる感覚。
それは前からだったけれど、最近は特に酷かった。
不安定なのだろうか。
何が原因かは分からない。
ただしっかり意識を保っていれば負けはしない。
任務終わりや休日の、ふと気が抜ける時には抗えないけど。
俺を引き摺り込むのは九尾。
見るのは九尾の夢。
聞くのはあいつの孤独の叫び。
それを知るのは当事者の俺と、パートナーのサスケと、保護者代理のカカシだけ。
じっちゃんに云えば任務を止められかねないから云ってない。
いつまで経ってもじっちゃんは俺に甘いから、Sランクの任務なんてほいほいできんの俺くらいなもんなのに、きっと躊躇わず俺を任務から外すだろう。
里の収益減るっての、と冗談で云えば、一回カカシに本気で殴られて、サスケに馬鹿笑いされた。
…痛かったな、あの拳。
想い出せば、またズキズキと痛むよう。
怖いのは、夢に引き摺られるそれに、どんな意味があるのか分からないことだった。
九尾が俺に弱音を吐くほど弱っているということなのか。
それとも無意識と見せかけて実際は意図的に引き摺り込み、俺を懐柔しようとしているのか。
夢を共有するほど、九尾と俺の結びつきが強まっているということなのか。
本当のところは分からない。
だからこそ静観するしかないと、苛立つカカシを宥めたのだ。
カカシは九尾を憎んでる。
今も多分、心の底から憎んでる。
四代目を奪われて、そしてその遺児である俺も九尾に殺されてたまるかと思ってる。
『ナルトが傷付けられる前に殺っちゃおうよ』
そう何度も懇願されたけど、結局頷くことはできなかった。
「まぁ結局はナルトの問題だから、ナルトが決めたら良いけどね」
とカカシは嘯いて。
でも、と俯いて云ったのだ。
「…俺より先に死んだら、泣くからね」
子どものような脅し文句に、けれど結構素直にそれは嫌だなぁと思った。
カカシに泣かれるのは嫌だな。
笑っててほしいな。
いつもみたいに、ふわふわ笑っていてほしい。
それは、サスケも同じなのか。
「看取ってやるよ、ヨボヨボのじじぃになったあんたを。笑って見送ってやる」
なんて、ちょっと暴言混じりな言葉を、それは優しく云ったから。
「そーそ。カカシより先に死んだら親父に笑われちまう。年功序列だろって」
だから大丈夫だよと、ひょこひょこ揺れる銀髪を撫でてやる。
「置いてかねぇよ。カカシを、独り遺したりしないから」
「…うん」
絶対だよ、と云って。
カカシは俺とサスケを抱きしめた。
笑って暮らすのは、思いの外難しくて。
年功序列に死ぬのだって、実は難しかったりする。
実力があったって才能があったって若くても、死ぬ時は死ぬ。
それこそ俺の親父のように。
けれど、それでも。
叶えてやりたいと、思うから。
(だからまだ、そっちに行けねぇ)
(こっちに独りにしちゃいけねぇ奴がいるからさ)
(悪ぃな)
(もう暫く、そこで待ってな)
そう夢の奥底に言い捨てて。
夢の淵を目指す。
夢から目覚めようとする。
カカシとサスケが待つ現実へ、辿り着く。
その寸前。
―――残念だ。
笑い声が聞こえた、気がした。
20110222