白夜




 暁に目を覚ます。赤に近い橙が地平線の傍を彩り、目線を上に逸らすにつれて空は白に近づいていく。それでもまだ夜が明けるには少し足りない。あと少し、もう少し。そうすれば空は蒼さを取り戻すだろう。その色彩の濃淡の美しい様を思い、笑んでそれを賞賛した。けれど、それも束の間。

(……また、朝…)

 ふと思えば、表情は砂時計の砂が落ちて行くように消えていく。表情の抜け落ちた顔は茫洋として力はなく、躰も同じで力を失ったようだった。投げ出された手足はまるで人形のよう。しかし冷たい空気が何処からか入ってきたことを感じて身を震わせた。膝を抱き、肩を抱く。寒い。足りないと、膝に顔を埋めて縮こまる。それでも寒くて寒くて堪らない。でも、そんなことよりも。

「…   …」

 淋しいことの方が、耐えられなかった。

「…   ……   …」

 求めるように呼んだ。戦慄く唇で、幼子のように。音にならない声のまま、懸命に。そうしてやっと、空が朝色に染まろうという時。

「―――…たすけ、て」

 ようやっと零された声は、砕け散る寸前の薄氷に酷く似て、瞬間、夜が明けた。朝焼けの光、朱色が、薄暗かった部屋を満たして行く。彼女を照らし、部屋を照らした。蒼の服を着た彼女を紅く染め、冷たい色をした石畳をも染めた。それは、彼女を地に這わせる鎖にしても同じこと。 身動ぐ度に冷たく鳴る。石畳に響く。それは彼女を追い詰めた。

「――…ディル…」

 ぽろりと堪え切れずに涙が出た。何時もなら拭ってくれる彼はいない。誰も傍に、いなかった。





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