懸け歌
[ side ROOK'S PAWN ]前を歩くアルトリアは、少し前まで隣にいた。紺を基調に、彼女にしてみれば珍しいほど、見て女物と分かる服を着て。アルトリアは基本的に制服以外でそういったものを着るのを好まなかった。出かけるにしても、今まではギルにも負けない男前を発揮して男装していたのだが。
「ギル、何か云ったのか?」
アルトリアのあの格好、お前が何かしたのだろうと苦笑すれば、応えは先に微笑で返されて。
「あの方が何かと面白いだろう?」
心底そう思っている顔でそう云うから、やはり苦笑しか零れない。
「まぁ、楽しかったけど」
今朝のアルトリアの様子。どうだ!、と云わんばかりに胸を反らし僅かに頬を紅潮させて現れた彼女は、確かに常とは違い気分が高揚していたのか、ギルの挑発に乗るばかりか、髪を結わしてくれと云えば快く承諾してくれた。リボンで飾られた彼女のお団子頭を後ろから見て、笑む。
「あぁすれば、普通の女の子なのにな」
何でもないように零して、何でもない顔をした筈だったのに。けれど云えば、ぽろぽろと
(アルトリア…)
赤面する顔も、着飾った様子も、髪を結う中で気付いた彼女の華奢な感じも、全てが彼女をただ一人の少女に見せた。その彼女は十代で騎士王に選ばれた逸材だった。宝具に選ばれた聖女。だからだと云ってしまえばそれは酷く哀しく、そう云ってしまえればどれほど楽になれるだろうと、卑怯にも思う。
「普通の女の子に、なれたのになぁ…」
彼女は決して自分を責めない。それでよかったのだと云う。あれで、よかったのだと。
(そんな訳、ないのに)
出逢ったから救われた。ギルに、アルトリアに。でもその所為で、今度は彼等が救われない。運命の
「…なぁ、ギル」
出逢わなければよかったと、云うのは辛く、そしてどうしたって嘘だった。だからそれは唇まで出かかって、噛み締めることで殺された。何度も何度もそうしてきたように、今日だって。そうして殺された言葉の代わりに、ぽつりと呟いた寂寞。
「俺は、彼奴が、アルトリアが…可哀想で」
その、独り言に成りかけた言葉に、
「―――ディル」
鋒のような声が、割り込んだ。見ればギルが笑みを忘れて立っていた。紅の瞳は只管に遠く、彼女へと向いて、鋭い。それは金属の冷たさで、でもだからと云って、優しくない訳じゃない。
「あれが後悔しているような面に見えるか? 至極楽しそうではないか」
見れば確かにそうだった。アルトリアは酷く楽しげで、常にない格好に少し照れながらも満足気で浮き足立った様子だった。でもそういう話ではないのだと云いかけて、やっぱりそれはギルの言葉に奪われる。
「ディル。勝手に心を覗いた気になって憶測で憐れむのは止めておけ。それが何よりあの娘の心を傷つけるぞ」
云って、彼は。
「あれが笑う時は笑い返してやれ。泣く時は慰めろ。恨み言を云う時に、悔いを口にする時に、お前は真摯に訊いてやれ」
それでいいんだと笑った。穏やかに、静かに。
「まぁ、恨み言、悔やみ言を云うような輩であれば、我はあれを決してお前に近づけさせはしなかったがな」
「ギル…」
「何はともあれ、今日の催しはあの娘の発案だ。お前の為の、な。ならばそんな顔をしていてどうする」
笑え、と云われた。難しいことを云う。そんなことを云われて、笑えるわけが、ないのに。
「……変わらんな、ディル。その泣き虫なところは、何時まで経っても」
だがそろそろ…とギルが云いかけた頃。
「――…おいコラ金髪」
何処から出した声だ、と云いたくなるような低い呼び掛けに顔を上げる。ぱちくりと瞬きをした。視線の先の、紺色の服を着た可憐なお嬢さんが。
「誰に断りいれてディルを泣かしているんだ?」
凄い形相で、立っていた。
「あ、アルトリア…?」
胸を
「…ぃッ!」
真横からも、殺気。ギギギ、と首を巡らせれば。
「…ギ、ル…」
あぁ、隣で穏やかに笑っていた彼は、この数瞬の間に何処へ消えたのだろう。こっちはこっちで鬼のような顔。
(もー、さっきの良い感じの雰囲気は何処行ったんだよ! これから映画に行くのに!)
という心の声は、睨み合う二人には届きそうになかった。