戯れ歌

[ side ROOK'S PAWN ]



(あぁ、まただ)

 諍いの声にそちらを見遣れば、ギルとアルトリアがまた喧嘩をしていた。主にアルトリアの些か大きすぎる声に何を論点に云い争っているのかは訊こえないが、しかし。

(まったく、仲がいいんだから)

 にこりと笑う。最初の出逢いが少し、いや、かなりよくなかった所為か、当初から彼等の関係はいいとは云い難いものだった。しかし今となってはその変え時を見失っただけなのだと分かる。喧嘩をしているようで、その実彼等のそれはじゃれ合いと云って差し支えないものだった。
 二人とも、頑固だから―――微笑ましげにそう思い、あぁけれどと思い直す。今はそんなことよりも。

「ギル、アルトリア」
「「どうした?」」

 声をかけると、仲よく一緒に振り返る。まったく同じ動作、同じ言葉に笑みながら。

「観劇の、ことなんだが…」

 明日の、話だ。前々から至る所で宣伝されていた劇に行くことになったのは、偶然ではない偶然の賜物だった。ぽつりと行ってみたいなと呟いたのをどうやら訊かれていたらしい。その翌日、友人から貰い受けたとアルトリアがニ枚のチケットをそわそわと渡してきた。
 一瞬どんな顔をすれば分からなくて、窺うような眸に、なんと返していいか分からなかった。
 だってそれが偶然でないことは見れば分かることだった。真新しいチケット、それが丁度ニ人分。義理堅いアルトリアが友達に強請った筈はないから、きっと買ってきてくれたのだろうことなんて。
 申し訳ないと思った。面白そうだと思ったのは事実だ。行きたいと思ったのも。ただ行くとなったらと考えると、好奇心よりも恐怖心が優ってしまった。
 その逡巡の為の沈黙に、アルトリアは酷く困った顔をした。失敗したという顔をして、俯いてしまった。それに気づいて違うんだと云う前に。

『ほぉ、なかなかに面白そうな余興ではないか』
『なっ、ギルガメッシュ!』

 ギルがアルトリアの手の中からチケットを奪い、取り返そうとぴょんぴょん跳ねるアルトリアを面白そうに見遣りながら云う。

『連れて行け、娘』
『誰がお前なんかと! チケットはディルと私の分だ!』
『案ずるな。お前と二人で行こうとは思わん。何しろ此処にもう一枚ある』
『!?』

 器用にまた新たな一枚のチケットを何処からともなく出したギルに驚き、アルトリアは跳ねることを止めて慌てて自身のポケットを探った。途端真っ赤になってしまった頬と耳。その行動、その表情で、分かってしまった。
 ギルを見れば確信犯の顔でニヤニヤと笑っている。コラ、とチケットを取って睨めつければ、素知らぬ顔で何処かへと消えた。その後ろ姿を見送って。

『アルトリア』

 羞恥か落胆か、どちらにしても涙ぐんで俯いてしまったアルトリアを呼び寄せて抱き締める。ありがとうと耳元で云えば、少しの後、抱き返してくれた。
 それが幾日か前のこと。劇のチケットの期日は明日。礼は云ったものの、返事はまだだった。じっと此方を見詰める彼等に何と云おうかと逡巡すれば。

「「行くだろう?」」

 また同じ言葉が漏れて、驚く。彼も彼女も、自分も。
 そして、笑った。零れた笑みは何時からか声に溢れた。笑う笑う、一頻(ひとしき)り笑って。

「今から楽しみだよ」

 互いを睨み据えていた彼等も、その言葉にそうかと笑った。
 あぁ彼等でよかったと、色々な意味で、思った。





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