夜雨
「よっ、と……あれ?」
宛てがわれた部屋に帰ると、ベッドに腰掛け俯くギルが見えた。なるほど一緒に帰ろうと探しても無駄だった訳だ、と一人納得しながら近づく。
「どうした、ギル? 何か」
と云いかけて、しかし最後まで云い切ることはできなかった。
「っ…!」
手を取られてベッドに押し倒される。手際のいいことだと半ば感心しながら押し倒したギルを見れば。
「ギル…?」
「……悪い」
切羽詰まった顔で、苦しげな声で、
「…もう、我慢の現界だ」
何を云うかと思えば。
「お、前、まさか…最近眠れないのって…!」
「悪いか。一つ屋根の下にお前がいるんだぞ。我は聖人君子でも、木偶の坊でもない」
「いや知ってるけど…っ」
それでもあまりと云えばあまりの理由だと云いかけて。
「―――でも我慢しようとした!」
その叫びに、声も思考も、奪われた。
「……ギ、ル…?」
「丁重に扱おうと思った、この為だけにお前を呼び寄せた訳ではないと知って欲しかった! だから我慢した、何度も自分に云い聞かせて、自分の部屋に呼びそうになっても、此処まで足を運んでも我慢した…!」
「ギル…」
「でももう…駄目だ…」
もう駄目なんだと繰り返すその押し殺した声が、切ない。
「こんな我では嫌か…? 堪え性がないと怒るか…?」
…小さなギル。深く心を許した人間にだけ見せるギルの素の様子を、俺はこっそりそう呼んでいた。
ギルは素直だ。自分の心に感情に。けれどその感情を晒す相手をギルは酷く冷静な目で選別している。俺はもとより衝突ばかりしているように見えるアルトリアにだって、心を許しているからそんな態度を取るのだ。選別に漏れた人間ならばギルは感情の片鱗すら見せはしない。
そして見えた時、初めて知る。ギルはただ子どものように素直なのだと。
「…そんな訳、ないよ」
「……ディル…」
「俺は、どんなギルでも、好きだよ」
だからそんな哀しい顔しないで。両頬を優しく包んで、額に一つ、口付ける。
「ありがとう、…ごめんなさい」
「ディル…」
「俺のために、いっぱい、我慢させた」
「…我がしたくて、したことだ」
「うん、でも…ありがとう」
それにね、と、はにかんで。
「俺も、そろそろかな、って、思ってたから…」
だからもう我慢しないで、という言葉は、途中からギルの唇に奪われた。