身を知る雨




「…ディルは?」

 気づけばディルがいなかった。呟けば職員室に行ったとの答えを得て教室を出る。もう昼休みで課題の提出もないというのに職員室にか。

(また率先して雑用係になっているんじゃないだろうな)

 教師どもはディルの優しさに付け入ってよく頼みごとをする。それを笑顔で受けるディルもディルだが…。そんな思案に耽りながらも職員室に到着。扉を開ければ、少し遠くに英語科の教師、アイリスフィールと話をするディルの後ろ姿が見えた。声をかけようと口を開けて、その形のまま固まった。

「…残念ね」
「えぇ…ですが決まってしまいましたから」
「手続きはもう済んだの?」
「いえ、これからです。荷物も今日帰ってからまとめます」
「明日だったかしら。手伝いに行きましょうか?」
「あ、いいえ、大丈夫です。そんなに量はありませんし、…引越しは、慣れてますから」

 ……引越し? 引越と云ったか? 訊く限り主体はディルだ。それを何故そんな穏やかに話していられる? 我は、―――何も訊いていないのに。

「ッ…ディル!!」
「え、ギル…?」
「どう云うことだ!? 引越しなんて訊いておらんぞ!」
「ちょっ、落ち着け、ギル!」
「何故この女には報告して我には何も云わない! 何処に行く? 此処から遠いのか? 我から、離れるのか?」
「ギル! ちがっ…」
「離れるくらいなら嫁に来い!」
「だから違うって……はぁ!?」

 ぎゅっと手を握る。ディルの顔が赤く染まった。

「我の家に引越して来い。それなら許す」
「な、な、何云ってるんだギル!」
「あら、行けばいいじゃない、お嫁に」
「な!? 先生!」
「ほぉ。話の分かる女だな」
「やっぱり愛されている実感は常に得たいものよ。女だもの」
「先生っ」
「それにギルガメッシュくんの家の方が、引っ越す家よりもこの学校に近いでしょう?」
「それは、そうだけど…」
「……待て。この学校、だと?」

 訊き違いか?、と問えば。

「…そうだよ。今の家、改修工事しなきゃいけないから一時的に校区内のマンションに引っ越すんだ。住所が変わるくらいで今まで通り此処に通うわけだから、別に云う必要はないかと思って…」
「だが、この女が『残念』だとかなんとか…」
「あぁそれはね、今の家にとても見事な薔薇が咲いているのよ。ディルムッドくんが毎日ちゃんと世話してるから。でも今回の引越しでしばらく敷地内に立ち入りできないから、もしかしたら枯れちゃうかもって、それで」
「……なんだ…そうか…」
「ほら、そんな大騒ぎする話じゃないんだ。だから、」
「ならば薔薇を我が家に移そう」
「ギル!」
「そうすればディルも気兼ねなく引っ越してこられる。一件落着だな」
「素敵な話ねぇ」
「(…アルトリア、来てくれ! 俺じゃこの二人に突っ込みきれん…!)」

 その願いも空しく、ディルムッドくんはギルガメッシュくんの家に引っ越すことに決まったのでした。




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