虎が雨




 あと少し、と云う所で信号が丁度赤になる。舌打ちを堪えて俯いた。走ってきた所為で上がった息を整える。あぁ早く青に変われば良いのに。思う最中、隣に誰か立った気配と。

「傘を忘れたのか」

 知った声。驚いて見上げれば、そこにはディルがいた。彼もまた私と同じように雨に晒されている。

「どうした、ディル。お前が傘を忘れるなんて」
「いや、ちゃんと持ってきていたんだが、俺よりも家が遠い奴が傘を忘れたみたいなんで貸した」
「お前らしい」

 笑う。と、バサリと何かが頭の上から被せられた。なんだ?、と見れば。

「女性が躰を冷やしては駄目だろう?」

 ディルが自身の上着をかけてくれていた。これで雨傘の代わりにしろと云うことだろう。だがそうしているうちにも、ディルが一層濡れていく。それを知りながら無視して借りられるわけがない。

「その気持ちは嬉しい。だがディルムッド、私がお前の上着で雨を凌いでいるのに、お前が雨に濡れるなんて不公平だ」

 と上着をディルに突き返す。受け取ったものの、

「不公平、と云ってもなぁ…」

 ディルは困ったような顔をした。

「それに、云うではないか。『秋雨じゃ、』」
「『濡れてまいろう』…?」

 信号が、青に変わった。

「ほら行くぞ、ディル!」
「こらっ、アルトリア! ……まったく」

 後ろから小言が聞こえる。けれど知ってる。あと少し経てば、ちゃんとディルは隣を歩いてくれること。冷たい雨の中でもディルの心遣いが温かい。そう思った帰り道。―――そして。

「それは『春雨』だ。この騎士道馬鹿どもめ」

 と云うのは、二人とも風邪を引いた翌日、看病しにきたギルの言葉。





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