旅の空
深更の空気が冷たく喉を通り抜ける。だが寒さなぞ、サーヴァントにしてみればあってなきが如し。風だけを感じて、目を瞑る。…今こそ物思いに耽りたい。そう、思うのに。
「…夜更けに、何の用だ」
目を開けば、目を閉じた時にはいなかった存在が眼前に在った。煌く金、酷薄の憫笑、蔑みの紅。
「アーチャー」
見据えればアーチャーは可笑しげに喉で笑った。何を笑う、と問えば。
「何の用、とは、英霊同士でも死合うことはできることを忘れたか?」
忘れてなどいない。だが身構えても仕方ないことは分かっていた。一度見たアーチャーの攻撃、その力量、その矜持。知っているからこそ分かっていた。
「俺相手に己から進んで白刃を晒す貴様ではあるまい。どちらかと云えば、漫然と構えながら討ち取らんとする敵を蹂躙する方が貴様らしい」
そうだろう?、と見遣った先、アーチャーは笑みを深めてそれに応えず、ただ、
「貴様も漸く気付いたか? 雑種」
と、そう云った。変わらず笑みは可笑しげで、酷く楽しげでもある。だが何に気付いたと云うのか。判然とせず、眉を顰める。アーチャーは「いやなに」と零すと、またくくと笑う。…耳障りだ。
「時臣の趣味でな、これは中々に悪趣味だが便利だということは認めよう、貴様の願いを知りたくもなく知る運びとなった訳だが…」
「……それで?」
「気付いたのだろう? ようやっと。貴様の本願。忠節の道。誰に、捧げるかを」
シュッ――… ザッ…!
「―――…そう怒るな、雑種」
威嚇のために放った槍の斬撃を些かも動かず凌いだアーチャーは、穏やかに緩やかに瞬いた。瞬いて、矢張り笑う。目障りで、忌々しい。朗らかな分、余計に。
「良かったではないか。精も出よう? やっと心から忠義を尽くす相手を見つけたのだからなぁ」
「……さい」
「まぁ、それが今生の主でないのだけが難点だが」
「煩いッ!!!」
…空気さえ、斬り裂いたつもりだった。否、空気だけしか、斬れなかった。
「はははははは!!」
「アーチャーぁああ!!!!」
怨嗟さえ含んだ声は向かう先を失って空虚に消える。最早アーチャーの姿は闇に失せ、嘲笑だけが耳奥に残る。こびり付いて―――離れない。
「クソ…クソッ…――!!」
吐き捨てる。空を見つめる。ぬばたまの闇が押し寄せる。…そのまま、塗り潰されてしまえばよかったのだ。夜の色に染め替えて、何一つ、気づかぬふりをしていたかった。
(それを、あの、男が)
纏う金が、嘲る赤が、容赦なく心の奥底を晒していった。
『気付いたのだろう? ようやっと。貴様の本願。忠節の道。誰に、捧げるかを』
「―――クソ…!!!」
気づきたくなど、なかったのに。