心の月




 ご主人様は、優しい方ではなかったかもしれない。
 扱いにくい人ではあっただろう。
 誰かに対して妥協することも、心を傾けることも、なかったのかも。
 でもね、でも。

『…ソラウ』

 彼女に対しては、とてもとても、一途だったんだ。
 それを僕は知ってるよ。
 その想いの深さも、だからこその、悲しみの深さも。
 彼女はご主人様に応えてはくれなかった。
 好意に無感動で返した。
 知りながらも、婚約した時、ひどく嬉しそうだったご主人様。
 彼女の前でそんな顔を見せることはなかったけれど。
 でもやっぱり、寂しかったのかなぁ。

『ソラウ…』

 何時からか、笑うことのない彼女を垣間見ては、溜息を吐いて哀しそうに目を伏せることが多くなった。
 つれない彼女に、それでも嫌いになれない自分に、哀しんでいたんだろうか。
 僕には、分からないけれど。
 僕は、ご主人様の道具。
 何時だって傍にいる。
 誰よりもご主人様を見てきたよ。
 でもご主人様を癒すことはできないんだ。
 それは、道具の領分じゃない。
 求められても、いない。
 僕は僕だ。
 ご主人様を守る為だけに作られた。
 だから誰かがご主人様の癒しにならなきゃいけないのに。
 そうでないと、ご主人様の心は哀しい色のままなのに。
 あぁ、だから。

『――何も願うことはありません。何も、いらない。ただ共に、聖杯を』

 恨むよ、ディルムッド。

『………お前も、私を望んではくれないのか、…ランサー』

 ご主人様に、そんな哀しいことを云わせた君を、僕は。





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