西洋花梨

[ 花言葉:唯一の恋 ]



 無機質で平凡なチャイムの後、昼休みが始まった。
 いつもならスケット団の三人で机を囲んで仲良くお弁当タイム☆なのだが、生憎今日はヒメコがキャプテンと何やら話があるらしい。
 「ナニナニ、俺も混ぜて」とデリカシーのない男No.1のボッスンが云えば、「女同士の話や邪魔すんな」と素気すげなくヒメコにあしらわれ、ならばしょうがないと二人で机をくっつけるのも面倒だと云うボッスンの主張を取り入れて今二人は部室へと来ていた。

「しっかし、結局なんなんだろうな、あいつらの話」

 未だ気になるらしく、畳に胡坐をかいて座るボッスンは弁当を広げながら向かいのベンチに座るスイッチに喋りかけた。

『女同士の話だと云っていただろう』
「だからそれが何なのかって訊いてんの。…ってその口調だともしかしてスイッチ…」
『察しはつく』
「マジか!? すげぇな!」

 賞賛の眼差しは、それは純粋なものだった。
 冷やかしでもない、分かっているのに誤魔化しているのでもない。
 あぁボッスンらしいと、こんな時思う。

「で、Mr.スイッチの推理は?」
『ずばり恋バナ』
「こいばなぁ?」
『あぁ、恋愛相談と云っても良い。キャプテンのあの照れ具合とヒメコのどこかそわそわした様子、そして男子であるボッスンを排除したことを鑑みれば、そう選択肢は多くない。よって、多感な年頃の女子が最も興味を引かれるであろう恋愛に関する話だと推測する』
「へぇ、キャプテンとヒメコがねぇ…」

 ウインナーをぱくりと口に放り込みながらボッスンはどこか納得できない顔で眉を寄せた。

『意外か?』
「意外っちゃあ意外…いやそうでもないのか…?」
『どっちだ』

 はっきりとしない態度にツッコめば、ボッスンは「んー」と唇を尖らせて。

「俺さぁ、あんまそーゆーの、分かんねぇんだよ」

 ぽつりとそう、呟いた。
 それにスイッチは心の中で『なるほど』と頷く。
 確かにボッスンにはそのような所がある。
 付き合うという単語、若しくはその関係性には何かしら感じる所があるらしいが、それ以前の話、誰が誰を好きだという感情には非常に疎い。
 そのあたりを詳しく訊いたことはなかったなと、スイッチは敢えて『どういうことだ』と返してみた。
 ら。

「なんつーの? 誰かを良いなと思うのも、好きだなって思うのも、俺にしちゃあ友達にも当て嵌ることだからさ」

 とあっけらかんと宣った。

『友達にも、か?』
「そ。だって同じじゃね?」

 いや違うだろう―――とスイッチは日頃思ったことは瞬間的に言葉にするというプロトコルに従ってそのままキーボードに打ち込みそうになり、寸前で自制に成功した。
 ここは真っ向から否定せずそれとなく真意を探るべきだ、と考えを改めて更に質問を打ち込もとしたスイッチより先に、「例えばさ」とボッスンの口が開かれて。

「偶に、たまぁにだぜ? なんでこいつを好きなんだろうなぁ、分かんねぇって思うことは、ある」

 滔々と、喋り出す。

「でもそれと同じかそれ以上に、傍にいなきゃ物足りねぇ、傍にいなきゃつまんねぇ、どうして俺じゃない奴の所にいるんだ、誰にも渡してやるつもりはねぇのに、って思うくらい、苦しいほど」

 そうして澄んだ眸は迷いなくスイッチに向けられて。

「俺はスイッチやヒメコが、好きだよ」

 広くない部室に、その言葉が響いた。





 友達への好きと、恋人への好きは違う。
 そもそも好きと恋が持つ意味の広さと深さ、伴う様々な感情や付加される痛みが違うのだから当然と云えば当然なのだ。
 だから違うと云うことは簡単だった。
 論破することも容易だった。
 そうじゃない、ボッスン。
 恋とはそう云うものではないのだと。
 喉元まで出かかったそれは、けれど指先まで伝わることなく落ちていく。
 途端、口端が上がった。
 笑っているのだと少し経ってから気がついた。
 あぁそうだなと、どこかで納得している自分がいる。
 違わないと、恋を知る自分すら錯覚させる程の出会いだった。
 あの出会いはそれ程の、奇跡、だった。





 言葉が消え去って、少しだけ経った後に。

『じゃあ俺達は大恋愛だな』

 スイッチが、照れることもなくそう云った。
 予想だにしなかった言葉に「え?」とボッスンが怪訝に返せば、思いの外それは優しく受け止められて。

『こんな出会いはそうそうない、いや、恐らく一生にたった一度だけの奇跡と呼べるものだ。俺もヒメコもお前と出会って変わった。何もかも諦めていたのに、そんなのは逃げだと叱咤してくれる奴が現れた。それは幸せなことなのだと、今なら解る』
「スイッチ…」

 見据える先の、彼。
 あの頃少し幼さが目立っていた顔は、今では少年と青年の只中にある。
 それでもその心根が変わったことなど一度もない。
 いつも心も言葉も眸も真っ直ぐで、だから二度と自分は迷わない。
 自分と彼女と、そして彼の為に。

『そうだな、きっとその時、俺達はお前に恋をした』

 強烈な出会いをした彼に、鮮烈な恋をした。
 強ち間違いではない。
 惹かれたのは、確かだ。
 この絆は、だから恋と呼ぶに差し支えなどない筈だ。
 友情というには嫉妬深く、愛情というには微温湯の。
 些か人を固定しすぎた感情だけれど、それでも心地の良い独占欲。
 友達という括りの人間全てでなく、できるなら俺達だけに感じて欲しい。
 それを云い表わすなら―――そう。

『俺もお前が好きだ、ボッスン』

 柔らかな眼差しが眼鏡の奥から惜しげも無くボッスンに注がれる。
 一瞬きょとんとした彼も、その一瞬後には気恥ずかしさに頬を紅く染めた。

「な、なんか照れるな」
『仕返しだ』
「仕返しぃ? ってことはスイッチ、お前も」
『当たり前だ。こんなことを素面で云うのは中々に面映(おもはゆ)い』
「そっか」
『そうだ』
「きししし」

 あぁおもしれぇとばかりにボッスンは笑った。
 スイッチも珍しく無表情を崩し不敵に笑って。

「好きだぜ、スイッチ」
『俺もだ、ボッスン』

 云い合う彼等は、確かに恋をしていた。





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 20111101
〈実った果実(こい)は、とても甘い味がした。〉





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