邂逅




 男は二人だった。
 二人で一人とは言わないが、二人で一つと言えば、その僅かな齟齬は解消されるだろうか。
 いや、結局二人は二人で、その齟齬は依然として其処に、見た者の心に残るだろう。
 それでもそう言うしか他ないのだ。
 一人と一人で、二人ではなく、一つ。
 そんな感じの男が二人居たと、そう思って欲しい。

 かと言って、まるで同じである筈はない。
 一人は白い肌で蒼の瞳。
 紅の隈取り、鼻梁にも紅の化粧(けわい)、唇には紫の紅を差し、長い灰色の髪を一方で括って、また頭を菫色の布で覆っている。
 着物は青を基調としたものだが、柄も形も、何処か普通とはひと味違う。
 装飾品も独特で、けれど全体としては一つの流れのようなものを感じる程度には、完成された姿であり、雰囲気を持った様相であると言える。
 また一人は、肌が褐色で瞳は紅、髪はもう一人より薄い灰色で、これまた長いが、括っては居らず無造作に背に流されている。
 着物は黄色を主としているが、それよりも目立つのは肌に纏う金の模様であるだろう。
 胸と言わず腕と言わず、首や顔にすら施されたそれは、擦れ違う者全ての好奇心と視線を引き寄せる。
 けれど当人に気にした風はない。
 誇るではないが、それでも平然としてそれを受け入れもせずただないものとしていた。
 人とは風のようなものだと、言うかのように。

 それでもやはり、同じなのであった。
 外見がこれほど似通う事なく、真に反対に近い二人であってもだ。
 どちらも人を惹き付ける美青年であり美丈夫であったと、そういう話ではない。
 纏う気、雰囲気の話だ。
 〈人〉に抱く心の話だ。
 〈人以外のモノ〉に動かされる心の話だ。
 自分という存在を隣に立つ男抜きには説明できず、だからと言って依存などと言う感情とは無縁。
 なのに、互いに隣に立つのは互いでなくてはならない世界を持っていた。
 そういう、内面の、またはその内面故に滲み出る雰囲気の、話だ。

 そんな彼等は当て所ない旅を続けていた。
 白い肌で青色の着物を着た男が背負っている箱を見れば、彼が行商人であると見て取れる。
 定住する気などないとばかりに家々を回り、国々を回った。
 褐色の肌を持ち黄色の着物を身につけた男は何も言わずそれに付いていくだけ。
 当然彼等の間にも会話と呼べるものはあるのだろうが、どうもそれらしい雰囲気は見受けられない。
 隣り合ったまま、視線すら交わらない。
 不思議な二人。
 表情が動く事もなく、その唇が何かを口にする時は、客に声を掛け、または掛けられた時。
 主に喋るのは白い肌で青色の着物を着た男で、もう片方が誰かと喋るなど、ないに等しい。
 客が通り過ぎ、僅かに乱れた商品の手直しをしている白い肌で青色の着物を着た男に、労いの言葉すらない。
 また、それを白い肌で青色の着物を着た男が気にした風もない。
 つまりそれが常なのだ。
 片方は片方を気にしないし、片方も片方を気にしない。
 それで成り立つ人間関係。
 もしくは関係というのも余所余所しい、不可思議で理解不能な人間模様。
 表情筋一切を動かす事を放棄し、言葉の在り方すら考えさせられるような、そんな二人が旅をする。
 何の為に?
 何かの為に。
 これは、そんな話だ。

 そして、そんな彼等が一様に表情らしい表情を見せたのは、旅を初めて何百日か何百週か、または何百ヶ月、はたまた何百年が過ぎた頃。
 見事に揃った爪先。
 見据える先も見事に同じ。
 その表情は、無表情九割五分、驚きが五分と言った所か。
 傍から見ればそれは無表情と変わりない。
 それでも彼等は驚きを胸に宿し、今まで動かぬ事が常であった表情筋を動かしたのだ。

「………」
「………」

 無言を無言と分かるほどの沈黙。
 彼等の中で会話をしようという意志がない限り、それはただの静寂に過ぎなかったのに。
 彼等は互いに意見を求めたいと思った。
 互いと話をしたいと、そう思ったと言って良い。
 そしてそれは恐らく、時代が動く奇跡に等しい。

「……あれ、は」
「……」
「何、です?」

 対象を指さす事も言葉で形作る事もせず、白い肌で青色の着物を着た男は褐色の肌で黄色の着物を着た男にそう問うた。
 褐色の肌で黄色の着物を着た男は、聞いた側が既に用意しているだろう答えを口にした。

「同じモノ、だ」

 含みなどない。
 言葉はただその口から漏れただけで、意味すら無意味になりかねない。
 それでも分かってしまうのは、同じだから、なのだろう。

「同じモノ、…ねぇ」

 それは彼と自分の事なのか。
 自分と彼の事なのか。
 または自分とアレの事なのか。
 アレと彼の事なのか。
 兎に角分かる事はただ一つ。
 アレとどちらかにせよ同等であると言う事は、その除外された片方もアレと同じであると言う事だ。
 結局彼等二人は同じなのだ。
 同じモノなのだ。
 強固な壁を境界線とした、あちら側とこちら側のように。
 正反対の、鏡の向こうの、ように。

「厄介、ですかね」

 白い肌で青色の着物を着た男は聞くともなしに口にした。
 聞くともなしに聞いた褐色の肌で黄色の着物を着た男は、簡潔に言葉を吐き出した。

「それは、あの女によるだろう」

 冷たい響き。
 いや、感情を削ぎ落とした、機能的な声、と言えば良いのか。
 それでも矢張りその声は敵意に似た冷たさを含んでそれ自体が人を傷付けかねない鋭さを持っていた。
 それに似た視線が射貫く先は、けれどあまりにも彼の冷淡さには程遠い。

 それは一組の親子に見えた。
 すっきりとした面持ちの女が、小さな子どもの手を引いていた。
 その子は祭りにでも行っていたのか、小さな手に見合った小さな顔を覆う面を付けていた。
 狐の面だ。
 それも、平面的なそれでなく、かなり立体的で写実的な。
 もう少しその子どもが大きければ違和感を覚える事はなかっただろうか。
 そう思った所で、恐らくその不調和を見逃せるとは思えない。
 異質であった。
 何かが。
 その仮面か、その子どもか、その女か。
 その、どれかが。
 彼等二人の足を止め、表情を動かし、会話を成立させる程度には。
 異質で、あった。
 足を止めて尚距離の遠い此方にも笑い声が聞こえてきそうな光景。
 楽しげな親子。
 不幸を乗り越え、幸福を手にしたばかり。
 また不幸が訪れるなど、考えてもないような。
 そんな、女と子ども。

「………また、面倒な事になりました、ね」

 白い肌で青色の着物を着た男はそう零す。

「………あぁ」

 褐色の肌で黄色い着物を着た男も頷いて。

「ありゃあ、      、ですよ」

 それは春とも、冬とも言えない日の事だった。
 何時ものように少しばかり道端に立ち止まり、商いをして多少の金銭を得る、そんな普通の日で終わる筈だった日の事だった。
 何百日、何百週、何百ヶ月、何百年と続けた無言とは言えない静けさの日を、また無意味に積み重ねるだけの一日となり得た筈の日の事だった。
 全ては、〈彼女と子どもが、彼等の旅路の先から向かってこなければ〉、の、話だが。

 彼等は立ち止まったまま、立ち竦んだように突っ立っていた。
 彼女等はただ道を歩いて、そのまま通り過ぎようとしていた。
 それでは物語は始まらぬまま終わってしまう。
 始まらねば終わりはあり得ず、物語とは始まらねば話にならない。
 さぁ始めようか。
 無理矢理女の細腕を引っ掴んで、男二人で行く道塞いで。
 さぁ始めようか。
 終わらせる為か、始める為か、そんな事、考えもせず。
 さぁ始めようか。
 己の使命を、果たす為に。

「な、なに――…」
「お嬢さん」

 刀が鳴る。

「貴方」

 刀が震える。

「何を」

 刀が。

「飼ってるんですかい?」

 口を、開いた。





「ありゃあ、のっぺらぼう、ですよ」





 刀の先には。
 小さな子ども。
 くい、と小さな手で狐の面をずらしても。
 その下にあるのは、ただ。





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 20100415





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