summer

[ 陽炎 ]



 どこかふわふわしている奴だった。
 それは、初めて外に出た子どものように。
 あっちに行き、こっちに行き。
 ふらふらと、気になったものを見に行くような。
 そして。
 親の手を離した事を、気付きもしない、子どものような。

(傍に居てやらなくちゃと思った事はねぇ)

 あいつにはあいつの世界がある。
 あいつは守らなくちゃならない程弱くない。
 あいつをどうにか出来る奴なんてこの世界にはいない。

(そう―――この、世界には)

 この世界にはこの世界の住人しかいないと思い込んでいた。
 そんな事、あいつという異質な者が此処に居る時点で。
 幻想でしかなかったのに。





(ふわふわとした奴だった)

 気付けば離れた所に行っちまってる。
 興味の赴くまま離れていって。
 こっちが話し掛けてその手を握るまで、離れた事に気づきゃしねぇ。
 それでも良かった。
 手を握れる位置に居た。
 目視できる位置に居た。
 感じられる位置に居た。
 ふわふわしてても。
 それだけは、出来たのに。

(ふわふわとした奴だった)

 夏のある日、ふと現れるような、
 陽炎に、似ていた。





戻る



 20100223
〈暑い暑い夏のある日、アスファルトに幻影を見た。居るわきゃないと、そう現実的に思えば、そいつは哀しく笑って消え失せた。喪失感が、胸に風穴を開けて通っていった。 〉





PAGE TOP

inserted by FC2 system