サヨナラ
[ 別れを知った人 ]大人は嫌いだ。
分かったような口をきく。
本当は何一つ、分かっちゃいないくせに。
『…覚えてて、くれるか?』
何だその顔は。
何だその声は。
何だ。
その、言葉は。
『お前なんて一日も会わなきゃ速攻で忘れるアルね』
そんな顔をするな。
そんな声を出すな。
そんな言葉を、私に、吐くな。
『…そっか』
素っ気なく言い捨て落胆すると思ったそれに、男は意外にも笑みを浮かべた。
何故、と思った矢先、得た答え。
『一日は、覚えててくれるか』
…ポジティブすぎる。
それがお前らしいと言えばお前らしい。
けれど。
その言葉の意味に私が気づいていないと考えるのは、あまりにも、浅慮だ。
でもそれを指摘するのは、それよりも、愚かだから。
『……一日だけだぞ』
『うん』
『一日で、忘れるからな』
『十分だよ』
人に自分を覚えて貰うのって、凄い事だと俺は思うよ。
それだけその人の心に残ったって事なんだから。
『一日も人の心で生きられるんだ。俺には、十分すぎるよ』
……笑うな。
笑うな。
そんな言葉を吐いて、そんな声で、そんな顔で。
…笑わ、ないでよ。
『楽しかったよ』
…嘘。
『じゃあ…な』
嘘。
(開いた言葉の間が、男の行く末を知らせるみたい)
(「一日経ったら忘れるから、忘れて欲しくなかったらなるべく早く帰ってこいよ」)
(言えば、帰ってくる笑みはきっととても困った顔なのだろう)
(だから言う事を止めた)
(ただ最後にちょっと笑って、去っていく姿が消えるまで、見送り続けて)
(後は、泣いた)
大人は嫌いだ。
特にあの男は嫌いだ。
分かったような口をきく。
本質はそこにありはしないのに。
本当の心を隠して、道化を演じ続けて。
なのに偶にこうして本心をぶつけてくるから。
静かに静かに、大人の顔をして、諭してくるから。
(…嫌いだ)
本当は何一つ、私の心を分かっちゃいないくせに。
(……うそ、)
嫌いでも、好き、だったもん。
20100203
〈大人が嫌いなんじゃない。子どもでしかない自分が嫌なのだ。〉