昔噺

[ 君と幸せになりたいんだ ]



(嘗て愛した人が居た)

 その人には既に愛すべき人が居て、己の想いを挟み込む余地などなかった。
 それでも命を賭けて愛していた。
 私はあの人を。
 あの人は、彼の人を。

(あぁそれ故に命を何と軽んずるなどと言わないでくれ給え)

 届かぬ想いと知って尚、止められなかっただけの事。
 諦めきれなかっただけの事。
 命を軽んじた訳ではない。
 決して、そんな事は。

(届かぬ想いを抱える中で、願ったのはたった一つの事)

 どうかあの人が幸せであるようにと。
 生死どちらかなど関係ない。
 生きて苦しい道を行くのなら、いっそ死んで幸せな道をあの人に与えてやって欲しい。
 幸せになるべきなのだ。
 幸せになるべきだったのだ。
 あの人は、誰よりも。

(私が愛し、大勢の臣下より慕われ)

 そして。

(彼の人に愛されたあの人は)

 ―――あぁ、だから。

(……言えた筈はない)

 彼の人を討ち、苦しみながらも刀を手に戦い続けたあの人を。
 山崎の地で討ち取ったこの三成に。

(言えた義理では…ないのだ)

 どうして言える。

(貴方と共に生きたかったと。)





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 20100117
〈届かないと分かって恋をするには愛しすぎた恋だった。〉





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