Need not to know
[ 知る者の言葉 ]「警視庁の刑事を引き抜いただぁ?」
その驚きの言葉に、あっさり「えぇ」と宣ってくれた少佐の奴の気が知れねぇ。
「嫌?」
「い、嫌とかそんな問題じゃねぇだろ!?」
好悪の問題ではない、決して。
確かに、9課に元刑事なんて必要ない。
軍隊上がりの俺達について来られず、どうせ足手まといになる。
そんな事は最初から分かり切ってる筈だ。
なのに何故、と問う俺に、あっさり返されたのは。
「私のゴーストが囁くのよ」
「…その言葉を信じてねぇ訳じゃねぇが…」
少佐のゴーストの囁きは、信じるに足る。
勘とはまた違った感覚。
それを俺達はどうしたって理解する事は出来ないが、今までの経験からそれが根拠になり得るものだと知っている。
けれど。
「…そいつ、生身なんだろ」
電脳以外は全部自前。
確かに出世頭とはいえ刑事ならそれも頷ける。
けれど此処はそんな生やさしくはない。
戦場で生きていく覚悟を持たなくちゃいけねぇ。
そして現代の戦場は、義体でなくては耐えられない程に進化した。
「……嫌だぜ」
俺は知ってる。
腕を失い、足を失い、目を失い、胴を失い。
そして、義体に換装した。
生身の時よりも、力が出るようになった。
視力が良くなった。
足も速くなり、どんな戦場でもたいがい生きていけるようになった。
その代わり。
自分が誰か、分からなくなった。
自分が自分であるという感覚がない。
血も通わない、心音もない。
証明などただのデータ上の事。
俺の今までの記憶は本物なのだろうか。
誰かの記憶を上書きされたものなのでは…?
その恐怖は、生身を捨て、義体に換装した者でなくては分からない。
それを、刑事のままでいれば知らずに済むかもしれない男を、この戦場の待合室へと招いたというのか。
「それでもバトー」
憤慨と不快感を混ぜた視線を少佐に遣る。
彼女は彼女らしくなく、寂しげに笑った。
「答えを出すのはいつだって選ぶ本人なのよ」
彼女も俺も、まだ見ぬそいつも。
選び続けるしかないのだ。
何かを知りながら、知らないまでも。
(そうして、人は生きていくしか、ないのだから)
20100105
〈さぁ、戦場の待合室へ、ようこそ。〉