君の幸せを願わせて




 ふと気付いた、漏れ出た音。
 微かな、けれど確かに聞こえる甘い嬌声は、空気を震わせて耳朶に触れる。
 その声に眉を顰め、その声の持ち主に思い当たり、眉の力を弱めて目を見開く。
 あぁ、何処かで聞いたような――…。
 視線をそちらに向ければ、かちりと合う虹彩。
 合った途端、互いの考えを知り、溜息を吐く。
 お互い出した答えが、一緒だと知って。





「よぉ、どうしたよ。二人して」

 昼の明るさを真似たように明るく二人を出迎えた彼は、何時もの白衣を脱いだ姿で其処に居た。
 若干何時もと違うと感じたのは、それと、あとはワイシャツの肌蹴(はだけ)具合。
 僅かに視線を動かせば、誇るような赤い花弁が、見えて。

「…昨日、誰と一緒に居たの」

 自然、聞く声が低くなる。
 その感情を打ち消す事無く、戯言遣いは視線を鋭くした。

「なんで?」

 それに気付かない風に、志人は首を傾げコーヒーを淹れる為に立ち上がる。
 それを阻止するように軽い身のこなしで立ち塞がったのは、人間失格。

「聞いてんのは、こっち」

 笑いもしない。
 ただ、睨みつけてくる。
 そんな彼らを交互に見て、志人は大きく息を吐く。

「知ってんなら聞くなよ」

 怒った声でもなく、ただ、しょうがないな、と言いたげな口調に、戯言遣いと人間失格は視線を逸らす。

「ほんとに答え、聞きたいのか?」

 そう聞けば、即座に横に振られる二つの首。
 ほらな、と溜息を吐けば、でも、と二人がまた志人を見る。

「駄目だって、言ったよね?」
「あいつは、危ないって」

 まるで妹を心配する兄のようだと、志人は笑う。
 戯言遣いが零した玖渚の兄みたいだ。
 人間失格が愚痴った彼の兄のようだ。
 それに彼らが気付いているのかどうか。
 そんな事は、どうでも良いのだけれど。

「聞いたよ。覚えてるよ」

 だったら、と言いたそうな顔をする二人を押し留めて、志人は綺麗に笑った。
 誰かに愛される事を喜ぶ、そんな笑みだった。

「好きなんだからさ、しょうがないじゃん」

 溺れちゃってんの。
 好きなの、愛してんの。
 だから、さ。

「ごめん、聞けない」

 二人の苦言をさ。

 言い切った、志人。
 あぁそんな彼をいっそ殺してしまえば、彼を誰にも渡さずに居られるだろうか。
 二人は本当に本気で考えて、苦渋し決断するその一歩手前のところで止めた。
 だって二人も分かってたから。
 志人が選んだ事を自分達が覆しては駄目なんだと。
 あぁ、それでも。

「……幸せに、なれないよ。志人君」
「殺されるぜ?」

 そんな事しか、言えなくて。

「分かってるよ」

 そう言って、それでも笑う志人に、二人は幸せを願って抱きついた。





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 2009????
〈そして最悪の幕切れ。〉





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