WORD IN YOUR DREAM

[ 君の1番でありたい ]



 普段のしっかり者の仮面を捨てて、幼い顔で眠る君。
 眉間の皺もその時にはないから、きっと夢の中では煩わしい事から解放されているのだろうと。
 そっと安堵の息を吐く。
 あぁけれど、何が君の顔を緩ませているのかを知りたくて。
 なら夢を渡る獏にでもなれば良かったかと人に生まれた事を後悔するけど、人だからこそ君に会えたのだと思い直す。
 人って素敵、と即座に人類賛歌した僕の耳に君の声。

『  ―――……』

 ……あぁやっぱり獏にでも生まれれば良かったか。

(君の夢)

 其処に僕はいるかい?





  双つの名





 好かれていない自信はある。
 全く持って全然自慢にならない自信だけど、今までの彼への接し方を振り返ればそうとしか思えない。
 逆に彼に好かれるような事をした事があっただろうか。
 それに類する事をしても、結局おちゃらけたり要らない事を言って怒らせてしまった記憶しかない。
 だからきっと、あまり良い風には思われていない、と思う。

(……あーあ、何でこんなに要の事考えなきゃいけないんだか)

 だったらアニメージュを読めば良いんだと、自分でも分かってる。
 手の届く所に常備してるし、遠くにあっても悠太にお願いすれば良いだけの話。
 でも、読む気にはなれなかった。
 はぁ、と溜息を吐いて腹這いの格好から仰向けになる。
 天井が見える。
 そっと目を閉じれば、数瞬その天井の姿が目蓋の裏に映って、そして暗闇へと転じた。
 それを少しの間受け入れて思い出したのは、今日の放課後の記憶。
 掃除が終わって教室へと帰れば、待っていてくれたのだろう、要が自分の席に座っていた。
 頬杖付いたまま勉強も何もしていないから珍しい、と要に近付けば、聞こえた規則正しい寝息。
 覗き込めば、幼い寝顔。
 可愛い、と声に出さずそう思い、ずっと見ていたいけど帰らなければならないから起こそうかと声を掛けようとした、その時。

『  ―――……』

 聞こえた小さな寝言。
 それに、息を呑んで掛けるべき言葉を失った。

(……ねぇ、要)

 そんな安心しきった顔で呟いたのは、一体誰の名前なの?





 登校時、要の後ろ姿を発見。
 悠太を置いて要に足早に近寄って後ろから抱き付いた。
 どわっ、という何とも男らしい吃驚した声と、その数瞬後にギッと鋭い視線をもらってしまった。
 何だお前の方か、と要が言った理由を考えれば、あぁ千鶴もしそうだな、と黄色い頭の彼を思い出す。
 他の男の名前が出たのはまぁこの際置いといて、重いから離れろっ、と言い続ける要に、ねぇ、と呼び掛けるけれど。

「………何だよ」
「酷いね、祐希。おにーちゃんを置いて行くなんて」
「あ、悠太」
「おはよう、要。で、うちの弟くんがどうかした?」
「こっちが聞きてぇよ。呼び掛けたまんま黙り込んじまったんだから」
「そーなの?」

 どうしたの、祐希、と悠太が同じ顔で聞いてくる。
 悠太は、髪型の違いだけで、やっぱり顔はオレと似てる。
 でも性格はおにーちゃん。
 オレと違って、面倒見良いし、我が儘じゃないし、ちゃんと人の事も考えられる。
 そう考えたら、言いたかった言葉は出てこない。
 言う勇気も心の中に閉じ籠もってしまった。

「…なんでもなーい」
「何なんだお前は。てか離せ! 重いし暑い!」
「やーだよ。足が疲れたから学校まで引っ張っていって」
「はぁ!? ふざけんな!」
「祐希はふざけんてなんかいないよ。真剣に言ってるんだから」
「余計悪いわ! あ! つーかお前昨日折角待っててやったのに、先に帰っただろ!」
「お前って誰ですかぁ?」
「お前だ! 浅羽祐希!!」
「おやおや。ゆーき、やるぅ」
「何で褒めるんだよそこで! だいたいなぁ……」

 そんな会話にちょっとづつ入りながら、そっとそっと溜息を吐く。

(あーあ…)

 口先で燻ったままの言葉。
 言えたら楽なんだろう。
 言えたらきっとすっとするだろう。
 けれどそれは、あまりにも大きな賭であるような気がした。





『ゆぅ―――……』

 要の寝言。
 優しい顔で零したそれ。
 その先を、知りたいような、知りたくないような。
 興味と恐怖が入り交じる。
 だから。

「……言えない、し…聞け、ない…」

 泣きたくなるような気持ちを抱え込む。
 逃げ出したくなる。
 あぁそれが出来ずに、もうどれだけの時が経っただろう。
 その答えは、何時の間にか両手でも足りなくなっていて。

(好きなのに好きなのに、こんなにも、好きなのに)

 君の寝言一つに、惑う事しかできないなんて。





 ねぇ、どっち?
 君は夢で、誰を呼ぼうとしてたのさ。





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 20091230
〈僕だけをと望むのは、悪いことじゃないはずだ。 〉





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