不意打ちkiss

[ ほんとは中間管理職なんて柄じゃない ]



 東先生と要が二人きりで会っているのを見た。
 東先生と要が手を繋いでいる所を見た。
 東先生と要が抱き合っているのを見た。
 東先生と要がキスしている所を見た。
 東先生と要が……。

(東先生、と、要、が)

 それらは全部見たくて見た訳じゃない。
 ただ単に偶然居合わせただけだ。

(見たい訳じゃ、なかったのに)

 けど一番最初に目撃するよりも前から、きっとオレは気付いてた。
 二人が互いに好き合ってる事。





  仕返しはされた方よりした方が傷付く事を知っていたのに





 屋上の景色に飽きた千鶴が言い出した〈たまには学食で食べようの会〉は不定期に突発的に惰性的に続いていた。
 今日はその日。
 オレと祐希が場所取りで、後の千鶴、春、要が先に食券を買いに行った時。

「ねーゆぅたー」

 隣で頬杖をつく祐希がオレを呼ぶ。

「なんでしょー」

 何処か適当な呼び方に、オレも適当に返す。
 けれどその視線を辿れば、その適当さの理由が分かってしまって。
 ちょっとだけ、唇を噛む。
 それに気付かない祐希は視線をそちらに固定したまま。

「最近、要、可愛くない?」

 それはまるでテレビでたまたま見た女の子が可愛いと言うような気軽さで。
 普通なら、決して男の幼馴染を指す言葉ではない。
 それでも。

「そーかな?」

 祐希の気持ちを知ってるから。

「そーだよ。何か、前より可愛い」

 要の気持ちを知っているから。

「―――気の所為じゃない?」

 オレは、そう返すしかない。
 けれど。

「気の所為じゃないよ」

 祐希は自分の目に絶対の自信があるようで、折れてくれない。
 それもそうか、とオレは溜息を吐きたくなる。
 祐希はおよそ十年もの間、ずっと要に片想いしたままだから。
 ずっとずっと、要しか見てこなかったから。
 そんな素振りを、一切見せてこなかったとしても。

「要は、可愛い、よ」

 単調な声の癖に。
 その眼は凄く愛おしそうに細められてて。
 祐希をこんな風に出来るのは要だけ。
 要だけが唯一祐希の心を動かせる。
 要、だけが。

(…あぁ、何で)

 要はオレ達の視線に気付かず、千鶴と春と楽しそうにじゃれている。

(オレだったんだろう)

 何も気付かずに、楽しそうに。

(どうして)

 それを見て、祐希が切なそうに眼を伏せるから。

(オレじゃ、なかったんだろう)

 オレはぽんぽんと頭を撫でた。





「要」

 生徒会の仕事が終わって帰って来た要を呼べば、残っているとは思わなかったんだろう、少し驚いたように眼が見開かれた。

「悠太。どうしたんだ?」

 みんなはもう帰った筈だろう?、とメガネの奥の瞳が疑問符を並べる。
 それに答えず、ちょいちょい、と手だけで要を呼び寄せる。

「ん?」

 首を傾げ、それでも寄って来る要は、確かに祐希が言うようにちょっと可愛かった。
 顔とかじゃなくて。
 何か、雰囲気が。

「悠太?」

 けれど、その理由を知ってるから。

「ゆぅ―――」

 心が冷えていく。
 要の瞳が見開かれていく度に。
 触れ合っている唇が熱いと感じるその瞬間に。
 心が、凍っていく。

「―――ねぇ、要」

 驚きで身動きが取れない要に。

「ちょっとは、苦しんでよ」

 そんな残酷な言葉を言うほどには。





(どうして、東先生と要の関係に気付いたのがオレだったんだろう)

 祐希が先に気付いたのなら、きっとこんな想いはしなくて済んだのに。

(どうして、祐希の好きな人が、オレじゃなかったんだろう)

 オレだったら祐希に哀しい想いはさせないのに。

(……哀しいね)

 要に想いを言えない祐希が可哀想。
 祐希に想いを言えないオレが可哀想。
 なのに。
 東先生と要は、幸せなの?
 そんなの。
 納得できないよ。

(悩めば良いよ。苦しめば良いよ)

 オレ達の哀しみ、分けてあげるから。

(簡単に、幸せになんてならせてやんない)

 涙目になって走り去った要を見送って、そんな事をつらつらと考える。
 あぁ、そう言えば。

(ファーストキスがレモンの味って、ほんとに嘘なんだ)

 レモンどころか、何の味も、しなかった。

(…無意味、って事なのかな?)

 洒落にもならない自分の考えに、笑った。
 それは誰もいない教室に少し響いて、直ぐに消えた。





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 20090401
〈片想いの先の片想い、の先の、両想い。そして崩された関係。(さぁこの中で一番可哀想な人は、だぁれ?)〉





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